価値観が多様になった今、うっかり人生経験を語ると「説教っぽい」と受け取られてしまうこともあります。けれど、相手を思うからこそ、言葉を添えたい場面はあるもの。とはいえ、長い説明がいつも届くとは限りません。忙しい時代、相手の心に残るのは、案外「短い一言」だったりします。
そんなとき頼りになるのが、先人の言葉です。自分の気持ちを代弁してくれて、しかも角が立ちにくいもの。言葉の選び方ひとつで、伝わり方は変わります。今日の言葉が、あなたの「伝え方」の味方になりますように。
今回の座右の銘にしたい言葉は「春風駘蕩」(しゅんぷうたいとう) です。

「春風駘蕩」の意味
「春風駘蕩」について、『⼩学館デジタル⼤辞泉』では、「春風がのどかに吹くさま。物事に動じないで余裕のあるさま。ゆったりとのんびりしているさま」とあります。
文字通り解釈すると、「春風」は春の風、「駘蕩」はのんびりとしていて、どこまでも広がる様子を表します。つまり、春の風がそよそよと吹き、のどかでゆったりとした景色が広がっているさまを意味します。冬の厳しさが去り、生きとし生けるものがほっと息をつくような、そんな温かい風景が目に浮かびませんか?
この言葉は、景色だけでなく、人の性格や態度を表すときにも使われます。
「温厚で、物事にこだわらず、ゆったりとしている人柄」。これが、人物評として使われる際の意味です。些細なことで目くじらを立てず、多少の失敗も笑って許してくれるような、器の大きな人物。まさに、経験を重ねた世代だからこそ醸し出せる、理想的な大人のあり方ではないでしょうか。
「春風駘蕩」の由来
この言葉の語源は、中国南北朝時代の詩人・謝朓(しゃちょう)の漢詩「朋情は以って鬱陶たり 春物方に駘蕩たり」にあるといわれています。「友情では心は晴れないが、春の景色はまさしくのどかだ」。
人間関係はわずらわしいが、春風はのどかに吹き渡り、人々の気持ちをのびのびとさせる。この感覚は、現代を生きる私たちも変わりませんね。

「春風駘蕩」を座右の銘としてスピーチするなら
「春風駘蕩」を座右の銘として紹介する際には「のんびりする」という意味があるため、下手をすると「これからは怠けます」と誤解されかねません。「やるべきことはやりつつも、心は穏やかに」というニュアンスを加えることが大切です。
以下に「春風駘蕩」を取り入れたスピーチの例をあげます。
これからの人生の心構えとしてのスピーチ例
私の座右の銘は「春風駘蕩」です。春の風がそよそよと吹き、のどかな景色がどこまでも広がっている様子を表す言葉です。また、転じて「温厚で、物事にこだわらない人柄」を指す言葉でもあります。
若い頃の私は、とにかく前へ前へと突き進むタイプでした。仕事では成果を追い求め、家庭でも完璧を目指して肩に力が入っていました。そんな生き方も、その時には必要だったと思います。しかし、50歳を過ぎた頃から、ふと立ち止まって考えるようになりました。人生は競争ではない。誰かと比べて焦る必要もない。そう思えるようになったのです。
もちろん、毎日が穏やかというわけにはいきません。イライラすることもあれば、思い通りにならないこともあります。でも、そんな時こそ「春風駘蕩」という言葉を思い出すようにしています。深呼吸をして、肩の力を抜いて、もう一度穏やかな心を取り戻す。そんな自分なりの儀式のようなものです。
地域のボランティア活動に参加するようになってからは、この言葉の意味がより実感できるようになりました。世代も立場も違う人たちと一緒に活動する中で、穏やかに受け止め、柔軟に対応することの大切さを学んでいます。
これからの人生、春風のように穏やかでありながら、周りの人の心を温めるような存在でいられたら。それが私の願いです。まだまだ修行中の身ですが、この「春風駘蕩」という言葉を胸に、日々を大切に過ごしていきたいと思っています。
最後に
若い頃は、競争に勝つこと、目標を達成することが人生の中心だったかもしれません。しかし、年齢を重ねた今、本当に大切なのは心の豊かさや、人との温かいつながりだと気づいた方も多いのではないでしょうか。
「春風駘蕩」は、ただ穏やかに過ごすだけの言葉ではありません。長年の経験から得た知恵と包容力をもって、周囲の人々に良い影響を与える。そんな積極的な意味も含まれているのです。
●執筆/武田さゆり

国家資格キャリアコンサルタント。中学高校国語科教諭、学校図書館司書教諭。現役教員の傍ら、子どもたちが自分らしく生きるためのキャリア教育推進活動を行う。趣味はテニスと読書。
●構成/京都メディアライン・https://kyotomedialine.com











