能面を手にする一橋治済(演・生田斗真)は登場しているのだが……。(C)NHK

ライターI(以下I):『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(以下『べらぼう』)では第46回まで、その存在がスルーされる形になっていますが、写楽は、阿波・徳島藩のお抱え能役者の斎藤十郎兵衛というのが有力視というか定説化しつつあります。

編集者A(以下A):すでに明治時代の日本人にとって写楽はほぼ忘れ去られた存在でした。その写楽を「再発掘」したのが明治43年(1910)に刊行された『Sharaku』(日本語訳版は『写楽 SHARAKU』)。著者はドイツ人のユリウス・クルトです。クルトは遠く欧州で浮世絵を研究し、写楽についての論考を著したのです。

I:海外にいて、浮世絵だったり、写楽の論考を執筆できるだけ、作品が海外に流出していたというわけですね。

A:そうですね。写楽の偉大さが逆輸入の形で、明治の日本に流入してきたことに留意ください。この『Sharaku』ではすでに「写楽=斎藤十郎兵衛」説が書かれているのですが、長らく肯定されませんでした。斎藤十郎兵衛の実在が疑問視されていたからです。一時は否定説のほうが主流になったともいいます。その流れが変わったのは写楽研究家の内田千鶴子さんが『歴史と人物』(中央公論社)という今はなき歴史雑誌に新史料をもとに「写楽=斎藤十郎兵衛」説を補強してからだといいます。前述の昭和60年の『歴史読本』の写楽特集でも、斎藤十郎兵衛説の研究家と「写楽は写楽だ」と主張する専門家の対談が設けられて、写楽=斎藤十郎兵衛説が盛り返すようになったのです。

I:なるほど。私は、1995年刊行の『写楽を探せ:謎の天才絵師の正体』を読みましたが、冒頭で高橋克彦先生が、斎藤十郎兵衛説についての変遷をまとめていたのが印象的でした。1993年の大河ドラマ『炎立つ』の原作者である高橋克彦先生のデビュー作にして江戸川乱歩賞受賞作が『写楽殺人事件』ですものね。

A:いまでは、定説だと主張する人も多くなった「写楽=斎藤十郎兵衛説」ですが、「欠点」があります。例えば、「写楽=歌麿」説を提唱した場合、歌麿(演・染谷将太)の作と写楽の作の細部を比較することによって、検証が可能なのですが、斎藤十郎兵衛に関しては、そうした比較できる作品がない。さばかりか、斎藤十郎兵衛の人物像がまったく明らかになっていないのです。

I:なるほど。確かに、記録に名が残っていて実在が確認された。八丁堀に住んでいた記録があったなどの裏付けはとれていますが、斎藤十郎兵衛が役者絵を描いていたとか、浮世絵に関わっていたという記録があったとはきかないですね。

A:能楽界の方々の研究で、斎藤十郎兵衛が将軍家斉の上覧する能に演者として参加していたことがわかったりしているんですけどね。

I:ということを考えた場合、写楽=斎藤十郎兵衛説を劇中で採用しなかった理由もわかるような気がします。なんか、面白みのない展開じゃないですか?

A:それをいったら身もふたもないのですが、大河ドラマは「壮大なるエンターテインメント」ですからね。今回劇中で描かれたように、みんなでわいわいやって、最後に歌麿が登場する。この説をドラマに採用されると、「歌麿だ」「京伝だ」「十返舎一九だ」「北斎だ」などと喧々諤々議論されてきたことがすべて集約できてしまうわけです。『Sharaku』が刊行された1910年から、長きにわたって議論されてきた「写楽の正体」が決着を見たと考えられています。

I:11月26日に脚本の森下佳子さんの取材会がありました。その席で、森下さんが「(写楽)複数人説は初めから考えていました。美術史の世界では一応の決着を見ていることは知った上で、写楽の絵を並べてみてみると、やはり複数人説の方がしっくりくるんですよね。短期間に、あれだけの絵を全部、あんなに大量に作るってできることなのかなと。しかも、第一期は顔のアップで、第二期は全身を描くんですが、第二期の顔が第一期の顔のコピペに見えるんですよ。だから、何人かで手分けしてやったんじゃないかという気がしたんです。ここまではこの人が担当して、ここはこの人が、と。その中心に歌麿がいたという風にしようと思いました」。

A:なるほど。「写楽=歌麿説」は今でも根強いですからね。そういう意味では、破綻のない展開ですし、個人的には、松平定信(演・井上祐貴)の関与を除けば、首肯できるのですよ。

I:でもまったく斎藤十郎兵衛が登場しないのもどうなんでしょう。斉藤十郎兵衛は当て馬なのではないかという意味の主張をされる研究者もいるようですし。

A:そんなことも含めて230年ほど前の蔦重(演・ 横浜流星)に、現代のわれわれが踊らされているようでなんだか痛快ですよね。蔦重にとっては「してやったり」ということなんですよ。

I:あ、ここででてきましたね。「痛快」の文字が(笑)。

●編集者A:書籍編集者。『べらぼう』をより楽しく視聴するためにドラマの内容から時代背景などまで網羅した『初めての大河ドラマ~べらぼう~蔦重栄華乃夢噺 歴史おもしろBOOK』などを編集。11月10日に『後世に伝えたい歴史と文化 鶴岡八幡宮宮司の鎌倉案内』も発売。

●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好きで、猫の浮世絵や猫神様のお札などを集めている。江戸時代創業の老舗和菓子屋などを巡り歩く。

構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり

 

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