明治の初め、いち早く西欧の文化が伝わった上野には洋食店が次々に誕生、この地ならではの食文化を育んできた。そんな上野の美食を巡る。
季節を問わず絶妙なお燗酒とともに味わう蕎麦会席

夜の灯りがともり始めるころ、細い路地を入ったところにひっそりと店を構える『根津雙柿庵(ねづそうしあん)』。小さな行灯が温かく客を迎える。
引き戸を開けると、カウンターに据えられた長火鉢と、その向こうでチロリを並べた燗銅壷の火加減を見る、和服に割烹着姿の女将の佐和子さんの姿が目に留まる。
満面の笑顔の佐和子さんが、奥で料理に熱中している主人の渋田剛さん(62歳)に客の来店を告げる。蕎麦前を楽しむための「おきまり」(コース仕立て)を供する要予約の店だが、佐和子さんの明るい笑顔に緊張もほぐれる。


熱燗で楽しむ十割蕎麦
東京・立川の蕎麦懐石の名店『無庵』で修業を積んだ渋田さんは、独立後、西多摩郡日出町に蕎麦屋を開業。蕎麦と日本酒の双方を楽しむことと、店先にあった柿の木からとって、店名は『雙柿庵』と号した。馴染みのあった根津の地に移転したのは、平成27年(2015)のこと。独立して店を構えて今年で25年になるという。
「〆蕎麦を出すまでの間にお客様にお酒と一緒に楽しんでもらう蕎麦前の料理を作るうちに、今のような〈おきまり〉になりました」

先付からはじまり、蒸し物、酒のつまみをあれこれ詰め込んだ二段重、蕎麦寿司、椀物(蕎麦椀)、酢の物、だし巻き卵、〆蕎麦、甘味が、客のペースを見計らって運ばれてくる。趣向を凝らした料理に感嘆の声が上がるが、いずれも〆の蕎麦を楽しむための前座なのだ。〆蕎麦は農家から直接買い付けている茨城県産「常陸秋そば」。米糠を発酵させた肥料で育てた蕎麦で、十割ながら細切りで喉ごしもよく、上品な香りが鼻から喉にかけてすっと抜ける。
蕎麦に合う酒は冷酒や常温のほか、一年を通して熱燗を供している。佐和子さんとの楽しい会話に旨い酒肴と熱燗、洗練された蕎麦。上野界隈での楽しい時間の締めくくりに選びたい店である。
根津雙柿庵

文京区根津2-28-8
電話:03・3827・6117
営業時間:18時〜(最終入店19時30分)(要予約)
定休日:日曜、月曜、火曜
交通:東京メトロ千代田線根津駅より徒歩約3分
取材・文/平松温子 撮影/齋藤 明

