ライターI(以下I):『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』(以下『べらぼう』)の時代の江戸は、人口が100万人を超えていたとされ、世界でも有数の大都市だったということです。
編集者A(以下A):大河ドラマでよく取り上げられる戦国時代、特に信長、秀吉、家康の時代は世界史的にみれば、「大航海時代」真っただ中で、植民地政策を進めるポルトガルやスペインに翻弄されました。ペリー来航に端を発する幕末の動乱からの明治維新も、南北戦争などアメリカの動向とも無縁ではありませんでした。
I:世界史からの視点で時代を俯瞰するのは大切ですね。そういう意味では『べらぼう』の時代の世界はどんな感じだったのでしょうか。
A:『初めての大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」歴史おもしろBOOK』の受け売りになりますが、『べらぼう』第1回で描かれた明和の大火(明和9年=1772年)を起点とすると、アメリカは独立もしていない、イギリスの植民地だったというのが特筆すべきところです。
I:アメリカの独立宣言は1776年7月4日ですが、そのきっかけとなったのが1773年の「ボストン茶会事件」。当時はまだイギリスの植民地だったというのも驚きですが、お茶の独占販売をめぐるいざこざが独立戦争の発端ということですから、なんだか今風でもあります。
A:「べらぼうの時代の世界」ということでいえば、フランスでは日本の「めいわく大火」の2年前、後にルイ16世となる王太子にマリー・アントワネットが嫁いでいます(1774年にルイ16世が即位して王妃に)。
I:ルイ16世とマリー・アントワネットは、フランス革命という世界史史上特筆される「革命」を経て、1793年に処刑されるのですが、これが『べらぼう』と同時代の出来事というのが感慨深いですね。
A:一方でアメリカの独立戦争で戦っていたイギリス本国は産業革命の真っただ中。「めいわく大火」のころは紡績機の開発が進んでいたようです。
I:なんだか、世界史の中の『べらぼう』って感じがしておもしろいですね。ちなみに『べらぼう』の時代の中国の国号は「清」。皇帝は乾隆帝で、「清」の最盛期ということです。そして私がおもしろいと思ったのは、ドイツの文豪ゲーテの生年が蔦重と1年違いということ。今日も読み継がれる『若きウェルテルの悩み』初版の刊行は1774年です。
A:文化人ということでいえば、蔦重とゲーテは比肩できますが、ありとあらゆるジャンルに精通していたことを考えると、ゲーテは平賀源内に近いような気もしています。そういう比較も楽しかったりしますね。
I:そして、改めて『べらぼう』の時代と世界史を概観して「あら」と思ったことがあります。フランス王妃マリー・アントワネット発言とされていた「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」も近年の研究では事実と異なるのでないかといわれているようですね。
A:同様に長いこと金権腐敗政治家の代名詞のレッテルを貼られてきた田沼意次と似ていますね。一度貼られたレッテルを覆すのは難しいというのは古今東西、一緒なんですね。
●編集者A:書籍編集者。『べらぼう』をより楽しく視聴するためにドラマの内容から時代背景などまで網羅した『初めての大河ドラマ べらぼう 蔦重栄華乃夢噺 歴史おもしろBOOK』などを編集。
●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。猫が好きで、猫の浮世絵や猫神様のお札などを集めている。江戸時代創業の老舗和菓子屋などを巡り歩く。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり