文・絵/牧野良幸

大河ドラマ『光る君へ』も早いもので、折り返し地点が間近である。

ドラマでは藤原道長が右大臣となった。まひろ(紫式部)が「源氏物語」にとりかかる流れも見えてきたわけだ。

ドラマが今後どういう展開になるかわからないが、個人的には「源氏物語」がどういう状況で書かれたか、そして貴族たちにどういう風に読まれていたのかに興味がある。

「源氏物語」は『光る君へ』が放送開始された時に興味を持ち、原文は難しそうなので現代語訳を読もうと思った。こういう人は僕だけでなくまわりにも結構いたと思う。

みなさん、その後読書は進んでいますか。

僕の場合、恥ずかしながらさぼり気味である。やはり大河ドラマを見るようには気楽に向かえない。人物図鑑や相関図のたぐいはよく見るのだが、それは読書と言えまい。

読書が進まないなら、やはり映画である。

「源氏物語」を題材にした映画は、第86回(https://serai.jp/hobby/1171713)で『源氏物語』を取り上げたが、ここで再び「源氏物語」を題材にした映画を取り上げてみよう。

取り上げるのは1957年(昭和32年)に制作された衣笠貞之助監督の『源氏物語 浮舟』である。

第86回で取り上げた『源氏物語』が、光源氏の女性遍歴、そして妻の不貞による子の誕生で因果応報を知るまでを描いているのに対して、『源氏物語 浮舟』は光源氏が亡くなったあと、その息子の話である。

なんだか『ゴッドファーザー』のドン・コルレオーネと息子のマイケル・コルレオーネ、『スター・ウォーズ』ならダースベイダーと息子のルークといった親子二代にわたる話を思い出させるわけだが、およそ千年前に紫式部が書いていたわけだ。

「源氏物語」は全54帖のうち第41帖までが光源氏を主人公とした話で、第42帖からは光源氏の死後の話となり、特に最後の十帖は「宇治十帖」と呼ばれ宇治が舞台となる。

この映画はそこに登場する浮舟をヒロインにした北条秀司の同名戯曲の映画化である。最初それを知らずに『源氏物語 浮舟』を見た時は、「源氏物語なのに光源氏が出てこない……」と不思議に思ってしまった。やはり無知というのは恥ずかしい。

しかしこの映画はたとえ原作を知らなくても胸を打つストーリーである。だから安心して見てほしい。

話を簡単に書けば、東国からやってきた美しい娘、浮舟(山本富士子)を薫の君(長谷川一夫)が好きになる。薫の君は表向きには光源氏の息子だが、血はつながっていない。

「浮舟、私がそなたを愛したらどうする?」

何も答えず立ち去る浮舟だが答えはわかっている、やがて二人は一緒になることを誓う。

しかし薫の君にライバル意識を燃やす匂宮(市川雷蔵)も、浮舟を見るや好きになる。

「良い所で会った」

とさっそく手を握ってくるところがポジティブである。その後も匂宮は浮舟に激しく言い寄る。不安になった浮舟は薫の君に、

「身も心も、あなた様のお体にはっきり縛り付けていただきとうございます」

としなだれるが、薫の君は光源氏とは性格が反対のようで、晴れて結ばれるまでは関係を持つのを拒む。

ついに浮舟は強引な匂宮と関係を持ってしまうわけだが、それが浮舟を苦しめ悲劇を招くという話。

映画は1957年の制作ながらカラーである。衣笠貞之助監督の作品は『地獄門』(1953年公開)の色彩美に圧倒されたが、この映画も同様だ。今DVDで見ても朱色など鮮やかである。

カラーと言えば、僕は1960年代、小学生高学年の時に初めてカラーテレビを見てたまげた経験を持つが、この映画の公開は僕が生まれる前だ。大きなスクリーンでこの映画を見た当時の観客は、さぞ絢爛豪華な画面にうっとりとしたことと思う。

色彩だけでなく俳優も豪華である。先に書いたようにメインの3人に、山本富士子、長谷川一夫、市川雷蔵。

この映画で目を引くのが、俳優のしているお歯黒ではないかと思う。お歯黒は女性だけかと思ったら、男性も高貴な人はお歯黒をしていたらしい。この映画でも長谷川一夫や市川雷蔵がお歯黒をしている。

歯が黒い口元は映画鑑賞においてちょっと気になってしまうのが正直なところだが、そこがいいじゃない、という考え方もある。大河ドラマではやっていないので、お歯黒を見たことがない方がいたら、おすすめである。

それにしてもお歯黒に加えて眉もメイクしているせいか、昭和の大スター長谷川一夫もこの映画では男っぷりは傍に置いて平安貴族の趣だ。

一方で市川雷蔵の演じる匂宮は、ポジティブを超えて顔つきも態度も威圧的に感じてしまう。匂宮が浮舟の寝室に行き、強引に関係を持ってしまうところなど深刻だ。

映画『源氏物語』で光源氏が女性の寝室に忍び込んで関係を持つ場面は何度も見ていたものの、今回は光源氏と匂宮のキャラの違いか、はたまたお歯黒のせいか重いぞと思った。

ただ映画は最初に書いたように戯曲の映画化ということで脚色も含まれる。浮舟はひたすら匂宮を拒絶しているけれども、「源氏物語」の解説本によると原作では浮舟は匂宮に魅かれる所もあるのだそうだ。

原作との違いといえば、映画の結末も原作を最後までを映像にしているわけではなく、劇的で余韻を感じさせるところで、うまい終わり方にしている。

映画を見てあらためて「源氏物語」は面白そうだと思った。大河ドラマと合わせて、今年は「源氏物語」かなと思う。

【今日の面白すぎる日本映画】
『源氏物語 浮舟』
1957年
上映時間:118分
原作:北條秀司
監督:衣笠貞之助
脚本:八尋不二・衣笠貞之助
出演:長谷川一夫、山本富士子、市川雷蔵、乙羽信子、ほか
音楽:斎藤一郎

文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』 『少年マッキー 僕の昭和少年記 1958-1970』、『オーディオ小僧のアナログ放浪記』などがある。
ホームページ https://mackie.jp/

『オーディオ小僧のアナログ放浪記』
シーディージャーナル

 

関連記事

ランキング

サライ最新号
2024年
12月号

サライ最新号

人気のキーワード

新着記事

ピックアップ

サライプレミアム倶楽部

最新記事のお知らせ、イベント、読者企画、豪華プレゼントなどへの応募情報をお届けします。

公式SNS

サライ公式SNSで最新情報を配信中!

  • Facebook
  • Twitter
  • Instagram
  • LINE

「特製サライのおせち三段重」予約開始!

小学館百貨店Online Store

通販別冊
通販別冊

心に響き長く愛せるモノだけを厳選した通販メディア

花人日和(かじんびより)

和田秀樹 最新刊

75歳からの生き方ノート

おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店
おすすめのサイト
dime
be-pal
リアルキッチン&インテリア
小学館百貨店