物価高騰や将来への不安から「空いた時間で短時間の仕事がしたい」と思う人は多い。そこで支持されているのが、隙間時間に働きたい人と雇用主をつなぐマッチングアプリだ。アプリに登録すれば、履歴書の提出も不要で、面接もない。
アプリを運営する事業会社は増えており、大手3社の登録者数を合計すると1500万人を超えていた。
東京都郊外に住む悟志さん(67歳)も、スキマバイトを始めて半年になるという。「3年前に妻が亡くなり、同居する娘(40歳)から、“肥満になるし認知症になる”と怒鳴られて、3か月迷って思い腰を上げ、バイトを始めました」と語る。
【これまでの経緯は前編で】
選んだ仕事は皿洗い、最低賃金で働く66歳
大手機械メーカーに部長職として60歳まで勤務し、子会社の副社長に就任し65歳で退任した悟志さんは、3年前に妻を心筋梗塞で亡くし、心の支えを失っていた。
その1年後、フリーランスで放送作家をしていた娘(当時38歳・現在40歳)が「同居したい」と言ってきた。娘は担当番組が終了し、収入が途絶えていた。娘は大学卒業後、都心の生活に憧れ、独身のままテレビの仕事をしていた。
そんな娘が近くのスーパーで生き生きと働いている。娘の姿を通じて、時給仕事の緊張感と気やすさに悟志さんは気づく。それと同時に、娘から隙間時間に仕事をするアプリを使って働くことを強引に勧められる。
「新しいことにチャレンジするのは怖い。それに、66歳で初心者として未経験なことを始め、“その職場における地位が最下位”になるのは辛いと思いました。しかし、妻が亡くなってから10キロ増え、家で本と映画を観ているだけでは老いる一方だと、隙間時間のバイトを始めました」
そこで、悟志さんが選んだのは皿洗い。学生時代にやっており、40年の結婚生活で毎日続けていた。人と話さなくてすむし、スキルが要らないことも選んだ理由だ。
「皿洗いって、都心の店の求人が中心なんです。時給は東京都の最低賃金(1113円)で交通費が出ないから、ウチから行ったら時給700円になってしまう。それを娘に言うと“お金払ってジムに行くなら、お金もらって働いた方がいいだろ!”と怒鳴られた(笑)。その口調は妻にそっくり。“仕方がない”と重い腰を上げました」
隙間バイトに年齢制限はない。最初に行ったのは、かつて接待に使用していたレストランだった。悟志さんが予約すると、“様”付けで下にも置かない対応をしていた店だった。そして、定年後の今、隙間バイトの皿洗いとして通用口から入る。さらに、悟志さんは名前ではなく“A(アプリ名)さん”と呼ばれる。
「“ここで洗ってください”と言われて、膨大な量の皿を洗いました。食洗機では間に合わないんです。洗っても洗っても終わらない。隣では主婦っぽい人が、私の倍のスピードで作業をこなしている。圧倒されました」
翌日も、その店に皿洗いに入った。土曜日のランチタイムだったから戦場のようだったという。
「料理人の方から“きちんと洗ってなくてもいい! 洗剤に潜らせて、流して拭くだけでいいから、皿ちょうだい!”と言われたりして、全力投球ですよ。ろくに仕事も教えてくれないので、隣の女性を見ながらやるしかない」
隙間バイトは、時間が来たら仕事を打ち切って、あっさり帰る。しかし、その日の多忙ぶりは凄まじかった。悟志さんは退勤時間になっても、状況が落ち着くまで40分間皿を洗い続けた。
「すると、スーシェフ(二番手)が気づいてくれた。“Aさん、申し訳ないですね。今日は本当に助かりました”と言い、帰るときに1000円札を渡してくれたんです。これは涙が出るほど嬉しかったです。誰かの役に立っているという喜びを、久しぶりに味わいました」
皿洗いに自信を持った悟志さんは、有名レストランを皿洗いとして渡り歩く。そこでわかったことは、繁盛している店はチームワークがいいことだという。
【接待であれだけ使ったのに、気づかれることはなかった……次のページに続きます】