写真はイメージです

「孝行のしたい時分に親はなし」という言葉がある。『大辞泉』(小学館)によると、親が生きているうちに孝行しておけばよかったと後悔することだという。では親孝行とは何だろうか。一般的に旅行や食事に連れて行くことなどと言われているが、本当に親はそれを求めているのだろうか。

ここでは家族の問題を取材し続けるライター沢木文が、子供を持つ60〜70代にインタビューし、親子関係と親孝行について紹介していく。

東京都心のマンションに住む辰夫さん(70歳)は、曽祖父の時代から4代続く、和菓子屋を数年前にたたみ、現在は一人でゆとりある生活をしている。大正生まれの両親が戦禍や戦後の物資不足を乗り越えた奮闘を知りながら、葛藤を経て、「娘たちには自由な人生を歩んでほしい」とのれんを下ろした。

【これまでの経緯は前編で】

2歳と4歳の騒々しい孫を連れてくる多忙な長女

辰夫さんの妻は、60代後半という若さで、風呂で亡くなった。

「カミさんは結婚して40年近く、働きづめだった。店も忙しいのに、地域貢献活動やママさんバレーもやっていて、ゆっくり座っていることを見たことがないくらいだったんです。死んじゃった日は、友達とワイン会をして帰ってきて“寒いから風呂に入る”って。カミさんは風呂が好きで、1時間くらい入っているんですよ。なかなか出てこないから見にいくと、意識がなくなっていた」

救急車を呼ぶも、すでに心臓は止まっていたという。死因は心不全だった。

「寒い日に帰ってきて、熱い風呂に入って心臓が止まってしまった。近くに住む娘たちが駆けつけてきて、次女は泣きながら、“お父さんは寝ていて”って、あらゆる手続きをしてくれました。こっちはカミさんが死んだって理解できない。警察が来て色々聞かれて、明け方病院に呼ばれて、霊安室で冷たくなっている妻の顔には白い布がかかっている。そのまま起きるんじゃないかと思うくらい生き生きとしているんですよ。でも死んでいることはやっとわかった」

辰夫さんと妻は、地元の中学生の同級生で、陸上部のチームメイトだった。

「部活帰りにかき氷屋に行って笑っている顔、カミさんが一度結婚して出戻りになり、母に“辰夫と結婚しない?”と言われた時の驚いた顔、長女が生まれ病院で嬉しくて2人で大泣きしたこと、店を閉めるときに“たっちゃんはよくやったよ”と言ってくれたこと。旅行で“私は幸せだ〜”と酒を飲んで笑った顔……もっとバアさんになって、お互いにしわくちゃになるまでずっと一緒だと思っていたのに、そんな未来がなくなったんです」

家には妻の生きていた形跡が胸が苦しくなるほど残っている。半年くらいは何もできなかったという。

「あの頃はうつっぽくなっていた。カミさんの遺影を見て、風呂にも入らず泣いている暗いじいさんだった。“このまま死にたい”と思っている僕に、こまめに連絡してくれたのは長女だったんです。長女は大学を出ていい会社に入って子供を産んでも働きつづける母親なんです。亭主がなんにもしないから、一人で2歳と4歳の子供の面倒を見ている。そんな長女が、保育園帰りにウチに寄ってくれたんです」

2人の孫は男の子だ。妻の思い出の余韻に浸りたい辰夫さんには騒々しく「連れてくるな」と何度も言った。一度、堪忍袋の尾が切れて、怒鳴ったという。すると娘は涙を浮かべ「そうでもしないと、お父さんも死んじゃうじゃない。私のたった一人のお父さんなんだよ」と言った。

「長女は相手に気づかれないように、気を使うことができる子だったって思い出したんです。僕の母とカミさんがケンカしていると、そっと近くに行って仲裁するような子。感受性が強いから、いろんなことに気づいてしまうんでしょうね」

【こまめな連絡が一番の親孝行……次のページに続きます】

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