取材・文/ふじのあやこ
昭和、平成、令和と時代が移り変わるのと同様に、家族のかたちも大家族から核家族へと変化してきている。本連載では、親との家族関係を経て、自分が家族を持つようになって感じたことや、親について思うことを語ってもらい、今の家族のかたちに迫る。
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いじめの被害を訴える当事者やその家族がマスコミに多く取り上げられている。訴えを起こしているのはほんの一部。文部科学省が実施する「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」の令和4年度の調査結果では、不登校の小中高の学生(国立、公立、私立)、特別支援学校でのいじめの認知件数は約68万2千人と過去最多となった。そのうち重大事態(※)の発生件数が923件となり、こちらも過去最多だった。
今回お話を伺った香苗さん(仮名・43歳)は、小中学校でいじめに遭った。中学校でのある出来事のせいで、学校では問題児だと認識はされたものの、その時の父親からの言葉で、その後は楽しい学校生活を送ることができたと振り返る。
(※)重大事態の定義は「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」
家での窮屈さを同級生にぶつけていた
香苗さんは大阪府出身で、両親との3人家族。香苗さんは父親が40歳、母親が33歳の結婚8年目のときにできた子どもで、父親からは溺愛され、母親からは厳しく育てられた。
「父親から怒られたという記憶はありません。何か欲しいものがあったら、父親に言えば買ってもらえると思っていました。
そんな優しい父親は、私にだけでなく、年の離れた母親に対しても優しい人でした。優しいというか、母には従順でした。なので、うちの家は母親の言うことが絶対で、私は母親から勉強はもちろん、箸の持ち方や姿勢にまで厳しく躾られました。他のことからはなんでも守ってくれた父親でしたが、母親からは守ってくれませんでした(苦笑)」
家には強い母親がいて自由にできない。そのフラストレーションは同級生に向けられ、幼稚園、小学校低学年のころはケンカばかりしていたという。
「私は周りよりも成長が早くて、大きい子だったんです。だからケンカでは負けなかった(苦笑)。むかつくことがあるとすぐに手を出していたみたいです。何でケンカをしていたのかは覚えていないんですが、母親が先生や同級生の母親に謝っていた姿と、その後に母親からビンタされる痛みは覚えています」
そんな活発だった香苗さんだが、小学校高学年のときに同級生の女の子とのケンカをきっかけに周囲から無視をされるようになった。
「その子の何かにむかついて、私から暴言を吐いたんだと思います。その子は何も言い返してこなかったからそれで終わったと思ったら、次の日からその子とその子と仲良くしていた女の子たちから無視されるようになりました。話しかけても目さえ合わせてもらえず、本当に何が起こったのかさえわかりませんでした。
そんな状態に急になってしまって、手が一気に冷たくなって、血の気が引くような感じがしたんです」
【いじめから一気に性格が内向的に。次ページに続きます】