2024年3月7日、警察庁はSNS上で投資勧誘を装う「SNS型投資詐欺」と、外国人などを名乗り恋愛感情を抱かせる「ロマンス詐欺」の2023年の被害が3846件と発表した。その被害総額は合計すると約455億円。これは「オレオレ詐欺」と呼ばれる特殊詐欺の441億円を上回っているという。
義夫さん(71歳)は、「2年前、69歳の誕生日プレゼントが投資詐欺。被害額は50万円だったが、犯人は僕からプライドと自信を奪った。家族がいなければ死んでいたかもしれない」と語る。定年後に詐欺に遭う人は少なくない。老いて犯罪被害者になることのダメージの深さと、なぜ被害に遭いながらも立ち上がれたのか、その背景を聞いた。
「詐欺に遭うまでは勝ち組だと思っていましたよ」
義夫さんは現役時代、大手通信会社の本社に正社員として勤務していた。家族は妻と娘2人、東京の山手エリアのマンションが自宅で、ゴルフも上手で友人も多い“勝ち組”だ。おそらく誰もがそう思うのではないか。
「僕だって詐欺に遭うまでは勝ち組だと思っていましたよ。でもなんというか、心と頭が老いたんでしょうね。冷静に考えると“なんでそんなことをしたんだろう”と。一時期は自死を考えるほど悩みました」
まずは、定年までの人生について伺うと「仕事一筋ではなく、会社一筋ですよ」と義夫さんは言った。
「あえて会社一筋と言ったのは、出世がしたかったから。新卒で会社に入ったときに、専門家として生きるか、管理できる人になるか、ざっくりとした選別がされていたと思うんです。当然、出世するのは後者。部下を使って成績を出し、会社に貢献しながら、上の人に根回しをする。僕は管理の道を選び、ひたすら会社に貢献する“昭和型”の仕事を歩んできました」
義夫さんは名門私立大学を卒業して、定年まで勤務する会社に入社した。
「誇らしかったですよ。ここで世の中を変えてやるくらいのことは思っていたかもしれない。でも実際に、仕事が始まると現実を突きつけられる。僕は結局、55歳で役職定年になるんだけど、それは出世しなかったことを意味する。うちの会社は東大卒がズラリといたからね」
東大卒とそうでない人は何が違うのだろうか。
「物事を理解する力と、その速さが違う。あとは持久力。膨大な情報からそれらの共通点と最適解みたいなものを読み解きつつ、微差に気づく力があるのが東大卒だと思う。それに暗記力と思考力が結びついているんだよね。やはりそれは10代のうちに5教科を極めているからだと思う。思考の筋肉のようなものを細部まで鍛えているなって。また、大きな組織は異動も多い。専門分野外の知識もある程度必要なこともある。暗記と再生と理解を繰り返す受験勉強はとても意味があると感じた」
高校時代の義夫さんは数学が苦手だったので、最初から文系の私立大学の受験を希望し、第一希望に合格した。
「合格したときは、親戚一同が祝ってくれて、父に“よくやったな!”と褒められるほど、母校のレベルは高い。そうそう、私学卒にもランクがあって、国立大学を目指して落ちた奴と、僕みたいに最初から私学狙いの奴とは、やはり深さというか、賢さが違う」
情報処理能力の圧倒的な違いを、義夫さんは人脈で補った。
「文系の学生が最初に配属されるのは営業です。そこでぶっちりぎりの成績をあげました。営業から、新規事業開発、顧客調査などの部署でも好成績を出しましたし、上からも可愛がられて、海外研修にも参加。サラリーマンとしてはいい人生だったと思います」
【プライベートでも順風満帆だった……次のページに続きます】