文/ケリー狩野智映(海外書き人クラブ/スコットランド・ハイランド地方在住ライター)

スコットランド・ハイランド地方の主要都市インヴァネスから車で15分程度の距離にあるブラックアイル半島。2016年の9月、この半島のマレー湾に面した海岸沿いの洞窟の中で、西暦430年~630年頃のピクト人と推定される男性のほぼ完全な「白骨遺体」が発見された。発見現場の洞窟があるローズマーキー村にちなみ、この遺体の主は「ローズマーキーの男」と呼ばれている。

ローズマーキーの男の遺体が発見された洞窟。写真提供:James McComas

謎に包まれたピクト人

ピクト人とは、9世紀頃までスコットランド東部と北部を支配していたケルト民族系の部族。彼らに関する史料が極めて少ないためにあまり詳しいことは知られておらず、謎に包まれた先住民である。

「ピクト」という名称は、「身体を彩色した人々」または「刺青をした人々」を意味するラテン語「ピクティ(Picti)」に由来し、ブリテン島に侵攻したローマ帝国軍と戦ったことでローマ帝国の歴史書に名を残した。

ブラックアイル半島と周辺地域には、神秘的な紋様が刻まれた石碑や埋葬地など、ピクト人が残したとされる遺物や遺跡がいくつかあり、ピクト王国のひとつがあったと考えられている。

「白骨遺体」と同じローズマーキー村で見つかったピクト人の石碑。8世紀後半のものとされている。
同じくローズマーキー村で発見されたピクト人の石碑片。

ローズマーキー村の海岸沿いにある洞窟群には、数世紀にわたって人が使っていた形跡があり、1900年代初期に地元のアマチュア考古学研究家が何度か発掘作業を行った結果、動物の骨や角で作られた8世紀から9世紀頃のものとされる道具や装飾品が見つかっている。

それから1世紀後、スコットランド北部を中心に活動するボランティア考古学研究団体が、ローズマーキー村のこれらの洞窟群の発掘を再開した。

予期せぬ大発見

ローズマーキーの男の「白骨遺体」を最初に発見したのは、ボランティア考古学団体メンバーのジェームス・マッコマス氏。2016年9月の発掘活動で予定されていた最終日のことだったという。

発掘作業中のマッコマス氏(左)。写真提供:James McComas

マッコマス氏はこの日、洞窟の入口から向かって右の壁沿いにあるくぼんだエリアの発掘を担当していた。19世紀のものと思われる石を敷き詰めた床を掘っていくと、屠殺された動物の骨がいくつか出土し、さらに掘っていくと大きな丸石と長い大型の骨が砂の中から顔を出した。

砂の中から顔を出した大きな丸石と骨。写真提供:James McComas

「何か極めて重要な発見かもしれない!」という胸の高鳴りを抑えながら、マッコマス氏はひとまず大きな丸石を取り除き、慎重かつ丁寧に砂を取り除いて発掘作業を続けた。するとなんと、足を組んだ状態で横たえられた、ほぼ完全な人骨が姿を現したのだ。

ほぼ完全な状態で出土した人骨。写真提供:James McComas

放射性炭素年代測定と復顔

この「白骨遺体」は出土時点で年代が判定されていなかったため、地元警察の捜査対象となり、その結果、ダンディー大学の解剖学・人体識別学センター(Centre for Anatomy and Human Identification)で分析されることになった。

出土から3か月後に公表された放射性炭素年代測定の結果では、この遺体は西暦430年~631年の20代後半~30代前半の男性のものと判定され、3Dビジュアリゼーションによる復顔画像も公開された。

ローズマーキーの男の復顔画像。写真:University of Dundee

ローズマーキーの男の復顔画像を見て、1983年の映画『グレイストーク‐類人猿の王者-ターザンの伝説』でクリストファー・ランバートが演じたターザンを思い起こしたのは筆者だけであろうか?

頭部5か所に凄まじい負傷

頭部5か所に凄まじい負傷が。写真提供:James McComas

右の頬、顎、後頭部、左側頭部、そして頭頂部の5か所に凄まじい負傷があり、顎と後頭部以外は先の尖った道具か武器で突き刺された傷だそうだ。想像を絶する攻撃を受けたようだが、抵抗した形跡はないという。不意打ちにあったのだろうか、それとも本人同意のもとでの殺しだったのだろうか?

2019年に発表されたDNAおよび同位体分析の結果によると、この人物は地元で生まれ育ったピクト人であり、一般的なピクト人よりも質の高いタンパク質を摂取していたという。身長は170センチメートル程度で、鍛えられた体格であったが、農作業のような重労働に従事していた形跡はないそうだ。このことで、彼は王族や族長などの身分の高い人物であったのではないかという推論が立てられた。

では、そのような高貴な人物が一体なぜ、このような凄まじい死を迎え、あのような形で洞窟に葬られたのだろうか?

儀式の生贄?

この白骨遺体が出土した洞窟では、埋葬後に製鉄・鍛冶が営まれていたことを裏付ける数々の遺物が見つかっている。しかも、ここで作業をしていた人々は、遺体が葬られている場所を知っており、尊重さえしていたと思わせる形跡があるという。

鍛冶炉の跡(左上)。ローズマーキーの男の遺体が葬られていたのはその反対側(右上)の壁沿いのくぼみ。写真提供:James McComas

古くから、多くの文化で洞窟は「あの世」と「この世」をつなぐ神聖な場所と見なされてきた。そして鉄は貴重品であり、製鉄・鍛冶に従事する人々は神秘的な存在であった。だから、洞窟の中で製鉄・鍛冶を営むというのは理にかなったことだったのかもしれない。ではローズマーキーの男は、この洞窟を製鉄・鍛冶公房にするための「地鎮祭」の生贄として捧げられたのだろうか?

意味が込められた埋葬法?

ローズマーキーの男の葬られ方には、何かしらの意味が込められているのではと思わせる要素がいくつかある。

まず、足を組んだ状態で横たえられており、先述の大きな丸石は股間部に置かれていた。この丸石は何を意味するのだろうか? 死者が蘇って歩き出せないようにするためという説もある。

そして、遺体の上には屠殺された大型動物の骨がばらまかれていた。分析の結果、これらは牛6頭分の骨と馬1頭の肩甲骨と脛骨だと判明している。いずれも遺体と同時期のもので、相当のご馳走だ。ローズマーキーの男が死んだ直後に宴が催されたのだろうか? それとも、あの世へ旅立つ彼に食糧として捧げられたものだったのだろうか?

古代の殺人ミステリー

ローズマーキーの男の謎は、つい最近にテレビ番組にもなった。今年6月に米国と英国のヒストリーチャンネルで放映が始まった新番組、『Ancient Murder Unearthed(筆者訳:古代の殺人ミステリーに迫る)』の第1話のテーマに選ばれたのだ。

番組撮影の一コマ。「遺体発見現場」で証言するマッコマス氏(右)。写真提供:James McComas

このシリーズ番組は、英国の考古遺伝学者と米国の元凄腕殺人課刑事がタッグを組んで、古代の遺体にまつわる謎の解明を試みるというものである。

ローズマーキーの男の謎に迫る第1話では、遺体の「第一発見者」であるマッコマス氏をはじめ、放射性炭素年代測定と復顔を担当したダンディー大学解剖学・人体識別学センターのスー・ブラック教授や、同位体分析を行ったアバディーン大学のケイト・ブリトン教授のほか、ピクト製鉄や武器・戦闘術の専門家などが「証言」している。

まさに体を張った証言。写真提供:James McComas

科学的な分析の結果と当時の時代背景や文化を考慮しながら、考古遺伝学者と元殺人課刑事のコンビが推理を進めていくのだが、それぞれの専門家の解説は非常に詳しく興味深い。特に武器・戦闘術の専門家による、ローズマーキーの男が受けた攻撃の「再現」には驚愕させられる。

このシリーズ番組の日本放映はまだ未定のようだが、放映される日のことを考えて「ネタバレ」にならないよう、ここでこれ以上詳しいことを書くのは控える。

番組撮影のために卓上に並べられたローズマーキーの男の遺骨。写真提供:James McComas

番組の結論がどうであれ、ローズマーキーの男の謎はまだ完全に解明されていない。

今後もしばらく研究調査が行われるということだが、彼の壮絶な死の真相は、果たしていつの日か明らかになるのだろうか?

地元のボランティア考古学団体「Rosemarkie Caves Project」のホームページ:http://www.spanglefish.com/rosemarkiecavesproject/

2017年にBBCスコットランドで放映された「ローズマーキーの男の発見」に関するルポ:https://www.youtube.com/watch?v=LDT2WUnGkqw

復顔の動画:https://www.youtube.com/watch?v=I0cRPAG47ww

文/ケリー狩野智映(スコットランド在住ライター)
海外在住通算29年。2020年よりスコットランド・ハイランド地方在住。翻訳者、コピーライター、ライター、メディアコーディネーターとして活動中。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織海外書き人クラブ(https://www.kaigaikakibito.com/)会員。

 

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