ライターI(以下I):阿野全成(演・新納慎也)は、源義朝と常盤御前の間に生まれた三兄弟の長男で、幼名は今若。平治の乱後に京の醍醐寺に入室し、修行の日々を送り、頼朝(演・大泉洋)の挙兵後に兄弟の中で一番に頼朝のもとに駆けつけました。北条政子(演・小池栄子)の妹の実衣(演・宮澤エマ)と夫婦になり、源氏と北条の関係をより強固にする役割を担いました。
編集者A(以下A):劇中の全成は、頼朝の側近くにいて、占い系の任務を担っていました。実際に頼朝の二女三幡(演・太田結乃)が建久10年に病床に伏せった時に、全成が「一字金輪法」で快癒を祈ったという『吾妻鏡』の記事もありますから、実際にそういう方面の仕事を引き受けていたのでしょう。
I:裏方といえば裏方の仕事ですし、呪詛など、人目を憚りますからね。しかし、全成は頼家(演・金子大地)の弟千幡(後の実朝)の乳母父で、頼家とも叔父甥の関係。時政(演・坂東彌十郎)にしても頼家は孫にあたるわけですから、この時代の権力闘争はおどろおどろしいですね。
A:これまでの源氏の歴史を振り返ると叔父甥の関係は他人同然と言っても言い過ぎではありません。北条と比企の苛烈な権力闘争渦中ですから。ところで、全成があつらえた人形はほんとうに精巧でしたね。毎度大河の美術スタッフの方々のお仕事は芸が細かい。
I:どれくらい精巧か確認したい方は、京都市考古資料館などで開催されている「考古資料とマンガで見る呪術 魔界都市京都展」(~9月5日)をのぞいてみたらいいかと思います。劇中で登場した人形そっくりな形代が展示されているようです。
A:さて、そういう緊迫した情勢下と言いながら、政子と実衣の姉妹の会話は和ませてくれました。頭巾を指さして〈中はどうなってるの?〉って、こちらも笑ってしまいました。
I:尼削ぎとか言っていましたね。確かにあの頭巾の中がどうなっているのか気になりますよね。まさか全成さんたちと同じようにつるつるなのかなって。視聴者の疑問に応える「名場面」でした。
平知康に光をあてる作者の「大河愛」
I:平知康(演・矢柴俊博)が北条五郎時連(演・瀬戸康史)の諱(いみな)にいちゃもんをつけます。時連の「連」の字がよくないと。
A:これも『吾妻鏡』に記載されているエピソードですが、作者(三谷幸喜氏)はよっぽど平知康にはまったようです。朝日新聞夕刊(7月28日付)での連載で触れていましたが、後白河院(演・西田敏行)の側近だった彼が、院の死後にどういう経緯で鎌倉に下って来たのか。いつの間にか鎌倉殿の蹴鞠の師匠役にもぐりこんだのか、ほんとうに謎です(笑)。木曽義仲や源義経などともエピソードがある稀有な人物ですから、そうした人物を照射する作者はやっぱり「大河愛」のかたまりだと感じます。
I:そういえば、後白河院って平知康や文覚(演・市川猿之助)など怪しい人物と交流しているんだなあって思いましたね。天皇から退位して上皇、法皇になったらかなり自由だったんでしょうね。
どうなる北条vs比企 の対立
I:劇中では、北条と比企の対立が沸点に達する勢いです。同じ坂東武士とはいえ、もともとの本拠は伊豆の北条に対して、比企の本拠は武蔵。利害が一致するはずもなく、頼朝亡き後に対立するのは必然の関係でした。
A:視聴者的には小賢しい策を弄する比企能員が、佐藤二朗さんの絶妙な演技も相まって、断然ヒールのように感じるかもしれません。
I:実際にそういうストーリーにもなっているのですが、比企側の視点に立てば、鎌倉殿を愚弄する北条こそ倒すべき相手ということになりますよね。しかし、どこまでが『吾妻鏡』をベースにしているのか、作者の創作なのかわからない部分もありますよね。それだけ『吾妻鏡』に書かれていることって面白いんだということを実感しますし、それにかぶせてスリリングな展開にしてくれる作者はやっぱりすごいですよね。
A:『吾妻鏡』は鎌倉幕府の正史=公式記録なわけですが、こんなに読んで面白い公式記録はなかなかないです。現代の政府が『吾妻鏡』のような公式記録の編纂を思い立ってもこんなに面白くはならないでしょう。
【まるで日蓮法難を彷彿とさせる全成の最期。次ページに続きます】