13歳〜15歳は「子ども脳」から「大人脳」への移行期であると言われている。そのため、この時期の脳は不安定になりやすく、大人が理解しようとしても難しいことがあると話すのは、脳の仕組みをベースにしたコミュニケーション方法を説く、人工知能研究者・黒川伊保子さん。そんな黒川さんの著書『思春期のトリセツ』から、思春期の脳の傾向を理解した上でのコミュニケーションのコツをご紹介します。

文・黒川伊保子

愛の伝え方〜母と息子編〜

韓流ドラマを観ていると、母親は息子への愛情表現を惜しまない。「うちの息子は、なんてハンサムなの?」と頰を撫で、たとえ他人に認められなくても「あなたは、よくやってる」と褒め、「愛してるわ」とはっきりと言う。「生まれ変わって、もう一度、子どもを産むのなら、またあなたを産みたいわ」とか。だから、韓流男子たちは、お母さんを大切にする。切ないほどに。

ちなみに、これらのセリフ、私が幼い息子に降るほど言っていたセリフでもあるので、韓流ドラマを観ていると、「え、なんで、こんなにかぶるの?」と思ってしまう。おそらく、息子を「愛しい憧れの存在」だと思って育てると、このセリフが出てくるのに違いない。

私自身は、息子が生まれた日に、「母も惚れるいい男」に育てようと決心し、すでにしてそうである体で息子に接した。新生児の頃から。彼は、「ハンサムねぇ」「いい子ねぇ」「カッコイイ」「好きよ」「愛してる」「世界中の誰よりも、あなたが素敵」と言われ続けて大人になった。

そういえば、中学のとき、「ハハ(彼は私をこう呼ぶ)はそう言うけど、世の中の女の子たちは、もっと違う顔が好きみたいだよ」って言ってたっけ。「そうなの? あなたの言う“世の中”って狭いわね」と笑ってやった。たしかに一般受けするイケメンじゃないが、局所受けする顔なので、まぁ大丈夫だろうと思っていたら、やたらと彼に惚れ込んでいるおよめちゃんが来てくれた。

およめちゃんは、彼と暮らし始めてから5年、ずーっと変わらぬ情熱で、夫が世界一だと言い続けている。私が「大谷翔平には負ける気がする」って言ったときには、叱り飛ばされたっけ。息子は、自分を誰と較べることなく、飄々と人生を楽しんでいる。

韓流ドラマでは、男の子にとって、母親から憧れと尊敬をもらって育つのは、とても大事なことだと定義されている。男の子たちの自尊心は母親から受け継ぐことになっているので。このため、主人公クラスのイケメンたちの母はみな美しくて聡明で優しい。ヒロインのお母さんは、たいてい、思い込みが激しくて厄介なのに(微笑)。

息子をそうやって育ててみて、私も、その説に賛成である。

人類の男子はふられるのが想定内

というのも、せめて母親が、人生のはじめに徹底的に息子を肯定しておいてあげないとかわいそうなのだ。人類の生殖システムは、男子がふられること前提で作られているから。

哺乳類・鳥類・爬虫類は、「オスが、メスにふられ続けて、やっと運命のメスにたどり着く」ことが前提の生殖システムだ。いずれも、メスのほうが、生殖リスクが圧倒的に高い種である。メスは生殖にかける時間が長く、哺乳類の場合は命がけでもある。オスのほうは生殖行為だけなので、メスに比べたらほんの一瞬。多くのメスに遺伝子をばらまくことが可能だ。

となると、メスは、オスを厳選しなければならない。一生に残せる子の数が限られているのに、免疫力の弱い遺伝子や相性の悪い遺伝子をもらっている場合じゃないからね。メスは、体臭や見た目、触った感触などから、オスの遺伝子のようすを見抜いて、すばやく判断し、「あり」か「なし」かを決める。ここで「ない」と感じた異性は、徹底的に嫌う。

テレビやネットで、一生懸命アピールするオス&つれなくするメス、という構図をご覧になると思う。鳥のそれなんか見ていると、ちょっとオスがかわいそうになるくらいだが、それが自然の摂理だ。

人間だって、そうでしょう? 生殖センスの高い若い女性なら、10人の清潔なイケメンにかわるがわる抱きしめられても、ほとんど気持ち悪いだけだ。「嬉しい一人」が残るかどうか。一方、若くて健康な男性なら、10人の清潔な美女に抱きしめられたら、それなりに嬉しいのではないかしら。

つまり、「異性を取捨選択する感度」が、女性のほうが何倍も高いってこと。ということは、男性の側からは、女性の「あり」か「なし」かはあらかじめ予想できない。だから、アタックしてみるしかないのである。鳥のオスたちが、羽を派手にして、巣を飾って、踊って見せるように。そうして、何人かに一人の、運命の相手に出逢うしかない。

「ハンサムで、高身長で、しなやかな筋肉を持ち、そのうえ頭もいい」という男子は、実は免疫力の高い遺伝子の持ち主なので、女性の支持率はやはり高い。それでも、「ふられるシステム」は免れない。最初に期待させる分、がっかりさせる確率も高いらしく、付き合い始めてから「やっぱりあなたじゃなかった」というふられ方をする。無駄にハンサムだと、付き合いたがる女性の数が多くて、なかなか運命の相手に出逢えない。生殖に関する男女脳差を知ったとき、私は、息子が一般受けするイケメンじゃなくて、よかったなぁとつくづく思った。

さて、そんなわけだから、男子たちは、気をたしかに持たなければね。ふられたぐらいで、自分を卑下しなくていい。女子の取捨選択は、遺伝子の相性に基づいているので、めちゃくちゃ理不尽だからだ。女の子にふられたから、自分が優秀じゃないと思い込まなくていい。どんな優秀な男子だって、陰でけっこうふられている。男の子をもったら、このことは、ぜひ伝えてあげてほしい。

ふられたときに正しいのは、「もっといい男になろう」とすることじゃなくて、「もっと自分の個性を際立たせよう」のほうである。「あなただけを愛する女性が、ちゃんと、あなたに気づくように」。

女性脳の異性警戒スイッチは、息子にだけは一生入らない

そして、母親は、徹底的に息子を肯定しよう。彼の良さをことばにして、いつでも脳から引き出せるようにしておいてあげよう。

なにせ、すべての母親が、一生、息子を嫌うことがないのである。

女性の脳には「異性を警戒して排除する」スイッチがある。これが思春期に作動するのである。生殖相性の悪い異性との接触を避けるために、まずは、「すべての異性にイラつく」ようにしておいて、その上で、目の前の異性との「あり」「なし」を決めるのだ。

そうして、「あり」となったら、その相手にだけ警戒スイッチをオフにして、恋に落ちるわけだけど、これって、実は期間限定。生殖に至れない異性に、いつまでもロックオンしてられないし、生殖に至ったら至ったで、脳自体は「別の組合せ」を望むようにもなる。できるだけ多くの遺伝子バリエーションを残したいからね。

つまり、恋には、賞味期限があるのだ。ある日、警戒スイッチが再び入って、恋人の言動にイラつくようになる。「かわいい」と思っていた寝起きの顔が、だらしなく見えてくる。

「優しい」と思っていた彼が、優柔不断に見えてくる。「頼もしい」と思っていた彼が、強引に見えてくる。必ず、そんなときがやってくる。一応の目安は3年だけど、もっと短い女性もいる。

ちなみに、動物生態学で男女関係を読み解く竹内久美子先生によれば、「動物のメスは、今の生殖相手よりも免疫力の高いオスにしか発情しない」のだそうで、周囲より圧倒的に免疫力の高いオスならば、相手の恋の賞味期限は、なかなかやってこないようだ。それでも、加齢という抗えないファクターがある。年を取れば、残念ながら、免疫力が下がってくる。つまり、永遠の恋はないってわけ。

男女は、恋に夢中なうちに、ちゃんと友情も紡いでおかなくてはね。思い返せば、37年前、私たちの結婚式のとき、教会の神父さんが「夫婦は、できるだけ早く、親友になりなさい」とアドバイスしてくれたけど、あれは動物界の真実だったのね。

さて、その警戒スイッチ、自分で産んだ息子にだけは、一生入らないという。夫と息子が同じことをしても、夫には目から火が出るほど腹が立つのに、息子には腹が立たないってこと、あるでしょう?

母親は一生変わらず息子の味方をしてやれる唯一の女性

昔、ある芸人さんが「女はよく、あんたは変わったというけど、母親は50歳になる俺に、あんたは小さな頃からちっとも変わらん、と言う。どっちなん?」と発言したことがあったけど、あれは、真実を言い当てている。恋人は、賞味期限が切れたとき、「あんたは変わった」と言う。変わったのは、自分の脳なのに。母親の脳は変わらないから、「あんたは変わらん」と言う。

そりゃ、思春期の扱いにくいときには、多少イラつくかもしれないが、母親こそが、一生、変わらず息子の味方をしてやれる唯一の女性なのである。私たちが、息子に愛を伝えなかったら、かわいそうすぎない?

とはいえ、「ハンサム」「素敵」「愛してる」のようなセリフ、いきなり言うのはひるむよねぇ。赤ちゃんのうちから言っていると、恥ずかしくもなく、一生言っていられるのだが、ある程度大きくなってから突然言うのは難しい。ましてや、相手が思春期の息子だと、向こうもビビって、気持ち悪がる可能性が高い。

けど、運動会や旅行の写真を見ながら、「案外、凜々しい顔してるのね」「走る姿が、誰よりもカッコイイじゃん」みたいに言えないだろうか。まずは写真から。

* * *

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黒川伊保子(くろかわ・いほこ)
1959年、長野県生まれ。人工知能研究者、脳科学コメンテイター、感性アナリスト、随筆家。奈良女子大学理学部物理学料卒業。コンピュータメーカーでAI(人工知能)開発に携わり、脳とことばの研究を始める。1991年に全国の原子力発電所で稼働した、“世界初”と言われた日本語対話型コンピュータを開発。また、AI分析の手法を用いて、世界初の語感分析法である「サブリミナル・インプレッション導出法」を開発し、マーケティングの世界に新境地を開拓した感性分析の第一人者。著書に『妻のトリセツ』『夫のトリセツ』(講談社)、『娘のトリセツ』(小学館)、『息子のトリセツ』(扶桑社)など多数。

 

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