13歳〜15歳は「子ども脳」から「大人脳」への移行期であると言われている。そのため、この時期の脳は不安定になりやすく、大人が理解しようとしても難しいことがあると話すのは、脳の仕組みをベースにしたコミュニケーション方法を説く、人工知能研究者・黒川伊保子さん。そんな黒川さんの著書『思春期のトリセツ』から、思春期の脳の傾向を理解した上でのコミュニケーションのコツをご紹介します。
文・黒川伊保子
子ども脳は「感性まるごと」記憶する
大人の脳と、子どもの脳は、機能が違う。ミッションが違うからだ。子ども脳は、「世の中のありよう」を「感じる」ために機能している。いわば入力装置である。大人脳は、効率よく成果を出すために機能している。こちらは、出力装置。まるで違う装置なのである。
当然、一朝一夕で変わるわけじゃない。12歳から15歳までの3年間をかけて変化する。そう、思春期というのは、脳の変化期なのだ。人生の、ほかのどの3年とも違う3年間を過ごす。それが思春期、中学生たちの脳の真実なのである。
子どもたちの脳は、何かを記憶するとき、五感から入ってきた感性情報を付帯して保持する。12歳までの記憶を想起したとき、「そのとき」の味や匂いが立ち上った経験はないだろうか。小学校5年生のときに隣町のプールに行ったことを思い出したら、そのプールサイドで食べた焼きそばの味を感じた、とか。田舎のおばあちゃんちの縁側を思い出したら、苔むした庭から立ち上る匂いを感じた、とか。
そういえば、週刊誌の連載エッセイで、作家の誰かが「12歳までの記憶には、匂いや味がある」と書いていたことがあったっけ。「隣のおじさんのカローラに乗ったことを思い出したら、昭和の新車特有のシートの匂いや、そのとき口に入れていた不二家のキャンディの味がありありと浮かんだ」と。そう、子ども脳の記憶方式は、「感性まるごと」なのだ。
子ども脳の欠点
勘や発想力の源になる、人間力の源=感性付帯記憶だが、一方で大きな欠点がある。一つ一つの記憶の情報量が大きく、付帯情報にもリンクが張り巡らされているので、検索速度が低く、「とっさの判断」に使えない。また、一つ一つの記憶の違いが鮮明すぎて抽象化しにくく、まとまったデータ群になりにくいので、網羅検索がしにくいという難点もある。
つまり、感性付帯記憶は、発想のための持ちネタにはいいが、「とっさの判断を的確にこなす」には向いていないわけだ。日々の暮らしをちゃっちゃとこなさなければならない大人たちの脳が、感性記憶だけで構成されていては心もとない。というわけで、脳は、変容を遂げる必要がある。
大人脳は「とっさの勘」が働く
大人脳の特徴は、「差分記憶」である。新しい経験をしたとき、子ども脳は、それを素直にまるごと記憶していくわけだけれど、大人脳は、まずは、とっさに類似記憶を取り出して、状況判断を試みる。そして、すばやく「類似事象との差分」を見抜いて、その差分だけを記憶していくのである。
とっさに類似事象をマッチングすれば、それが初めて体験する事象であっても、何らかの初動が取れる。遭遇したのが危険な事象であったとしても、とっさに身を守ることが可能なのである。つまり「とっさの勘」が働くわけだ。不測の事態に遭遇しながら生きていくこの星の大人たちに、絶対不可欠なセンスである。
そして、差分だけの記憶ならば、記憶容量が圧倒的に少なくて済む。しかも、類似でくくられる複数のデータの共通部分だけを抽象化したモデルが出来上がるので、概念の多層構造になり、これをたどることによって、似たような記憶を「網羅検索」することが可能になるのである。
なんて合理的で、要領がいいのだろう。とはいえ、どうしたって、繊細ではなくなる。
大人脳は決めつけが激しい
もう何十年も前のことだが、ある一流ホテルで、アイスクリームを食べたときのこと。
一緒に食べていた女友達の一人が、「ああ、これ、〇〇に似てるね」と、まあまあ高級な市販のアイスクリームの名前を挙げた。もう一人の友人が、「そうね、たしかに」。「じゃ、コンビニで、〇〇買えばいいじゃん」「いや、この口に含んだときのまったりと、くちどけの爽やかさのギャップは味わえないよ」「そのためにこの値段出す?」「そうねぇ」とふたりは微笑み合った。
私は、立派な大人脳だなぁと、しみじみしてしまった。これが12歳以下の子なら、この一流ホテル自慢のアイスクリームを、その味のまま記憶することができる。上質なミルクが醸し出す、乳脂肪分の痕跡まで味わって、さらに、器の美しさや、給仕をしてくれた人のしなやかな所作まで付帯させて。
12歳じゃなくても、28歳までの脳は入力装置なので、まだ、それほど決めつけることもなく、高級アイスクリームを味わえる。
ところが、脳は年齢を重ねるごとに、決めつけが激しくなっていく。40代にもなれば、「ああ、これって、〇〇よね」と言うセリフが俄然増えてくる。
脳なんて、「これって〇〇じゃん」って言ってしまった瞬間に、デリケートな感性情報を切り落としてしまう。年齢を重ねると、どうしたって、無邪気に喜べることが減ってくる。初体験をプレゼントするなら、若い子のほうが楽しい。……と、私だって思うのだから、おじさまたちが、若い女の子に、ディナーをおごりたくなる気持ち、わかる気がする。
親世代の脳は、思春期の脳と相性が悪い
大人脳の「決めつけ」は、30代になると顕著になってくる。やがて50の声を聞くようになると、「差分」を語りたくなるウンチク期に突入する。つまり、思春期の子を持つ親たちは、決めつけ期からウンチク期のはざまにあって、思春期の脳とは、相性が最悪と言っていい。
入力期にある若者たちの脳は、「体験」をそのまま味わう能力が高くて、今の「体験」にひたすら集中したいのである。そんな脳に「それって、〇〇だよな」と決めつけるのは最悪だ。せっかくの「一期一会の体験」が、「よくある、つまんないことの一つ」に分類されてしまうのだもの。形骸的な、記号論的なことばでくくられることで。
さらに、「ここが違うんだよね。一流って言うのはさぁ」みたいなウンチクは、集中力を妨げる、不快な雑音に過ぎない。
というわけで、若者たちに、「クールな大人」だと思わせるには、「決めつけ」とウンチクを極力減らしてやればいい。「決めつけ」は、その本人の悩みを排除してやるときのみ使ってやる。もやもやを切り落とすために。「それって、向こうの嫉妬だろ。きみが悩むことはない。堂々としていればいい」みたいにね。ウンチクは、たま〜に、大人の教養として、見せつけてやる程度に。
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『思春期のトリセツ』(黒川伊保子 著)
小学館
黒川伊保子(くろかわ・いほこ)
1959年、長野県生まれ。人工知能研究者、脳科学コメンテイター、感性アナリスト、随筆家。奈良女子大学理学部物理学料卒業。コンピュータメーカーでAI(人工知能)開発に携わり、脳とことばの研究を始める。1991年に全国の原子力発電所で稼働した、“世界初”と言われた日本語対話型コンピュータを開発。また、AI分析の手法を用いて、世界初の語感分析法である「サブリミナル・インプレッション導出法」を開発し、マーケティングの世界に新境地を開拓した感性分析の第一人者。著書に『妻のトリセツ』『夫のトリセツ』(講談社)、『娘のトリセツ』(小学館)、『息子のトリセツ』(扶桑社)など多数。