13歳〜15歳は「子ども脳」から「大人脳」への移行期であると言われている。そのため、この時期の脳は不安定になりやすく、大人が理解しようとしても難しいことがあると話すのは、脳の仕組みをベースにしたコミュニケーション方法を説く、人工知能研究者・黒川伊保子さん。そんな黒川さんの著書『思春期のトリセツ』から、思春期の脳の傾向を理解した上でのコミュニケーションのコツをご紹介します。

文・黒川伊保子

必要なのは「愛された記憶」を思い出すきっかけ

思い返してみると、若き日の私は、父の愛にどれだけ支えられて、自尊心を保ってきたかわからない。

私は、男女雇用機会均等法よりも前の入社で、セクハラ受け放題の世代である。ありがたいことにIT系の職場では、男女差別はほとんどなかったのだが、客先は多岐にわたり、ときには「男の職場」に出向くこともあった。「女をよこすなんて、うちの会社をバカにしてるのか」と追い返されたこともあるし(開発チームのリーダーだったのに)、理不尽な処遇も多々あった。なにせ「24時間、働けますか」というCMソングがマジだったバブル期、男子たちにも、今ではありえないようなパワハラがたくさんあった時代である。

そんな目に遭う度に、私は父を思った。父ならきっと、私よりも憤慨してくれると信じていたから。父が、私のために憤慨して悪態をつくのを想像しただけで、私は元気が出た。自分を卑下することもなく、明日を信じることができた。なので、実際に言いつけたことはない。

そこまで、父の愛を信じながら、一方で、「父には愛されなかった」と思い込んでいたなんて、なんという矛盾だろう。なのに、父が「お前が生まれてきた日」を口にしてくれたとたんに、あっさり、愛されていたことを思い出すなんて、これまたなんて現金な脳なの。――まぁ、脳なんてそんなものである。

このことは、脳とことばの関係を研究している私に、おおいなる発見と教訓をくれた。

人は愛されたからといって、愛された記憶を、いつでも引き出せるわけじゃない。愛は連想でいくらでも引き出せるが、その「連想」を作り出す、最初のきっかけのことばが必要なのである。

親は、溢れるほどの愛情で子どもを育てているので、当然、子どもに伝わっていると思い込む。たしかに脳には注入されているのだが、脳の深層に沈んで出てこないのでは伝わったことにはならない。

愛の伝え方〜母と娘編〜

愛を伝える。できますか? 母親は、愛を、素直に伝えたらいいと思う。欧米の親子のように、韓国の親子のように、「愛してる」をきちんとことばにするのが本当は理想的だ。

息子や娘に、「あなたは素敵よ。ママの自慢だわ。愛してる」。ハリウッド映画でも、イタリア映画でも、アメリカのホームドラマでも、韓流ドラマでも、北欧ドラマでも、世界中の平均的な母親が口にしている。日本のドラマではあまり見ないけど、日本では、あまり口にしないのだろうか。

私の母は、88歳のとき、しみじみと「愛してる」と言ってくれた。遺言のつもりだったんだと思う。でも、そのことばを聞く前から、母が私を愛してくれていることを疑った日はなかった。

母は、私の20歳の誕生日に、「これからは親友になろうね」と言ってくれた。そもそも世間の母親に比べて「〇〇しなさい」という小言の少ない人だったけど、それからは、仲のいい女友達のように、互いに自分に起こった出来事を話して、慰めあったり、歓びあったりするようになった。

そして、ある日、しみじみと私にこう言ってくれた。「あなたが娘で本当に良かった」。

私が息子を生んだときは、溺れるように孫息子を愛してくれた。たまの週末、実家に帰ると、彼が眠った布団をそのまま何日も敷きっぱなしにして、ときどきその匂いを嗅ぐというくらいに。なのに「それでも娘のほうがかわいい。夜泣きしてあなたを困らせると、にくらしいもん」と言ってくれた。

母親だから、そりゃ厄介なこともある。「医者と結婚して」と言い張って、医学生じゃない男友達にひどいことを言ったり、母と知人のトラブルにうっかり「お母さんにも悪いところがある」と言ったら、何日も口を利いてくれなかったり。

まぁ、でも、今思えば、どれもかわいいものだ。ひたすら愛してくれたんだなぁという感慨しかない。90歳になった今も、母は私が大好きだ。電話で、私の声だとわかると、嬉しそうな声で名前を呼んでくれる。花が咲いたような声、と、その度に私は思う。電話の向こうで、花が咲いたように笑う笑顔が見えるようだから。

母は「あなたって、愚図よね」とか「あなたって、こういうところがダメ」のようなネガティブな決めつけをしたことが一度もない。

もちろん、「洗い物の最後に、シンクはしっかり磨くこと」とか「洗濯物の干し方は、こう」とかは厳しく言われたけれど、どんなにうまくできなくても、「あなたって、ダメな子」というふうにまとめたことはなかった。

母親が娘に愛情を伝える4つのポイント

母の「愛情を感じさせるポイント」をまとめると以下のようになる。
(1)「あなたって、〇〇な子」と決めつけない
(2)「あなたが娘で本当に良かった」
(3)「孫がどんなにかわいくても、娘のほうがかわいい」
(4)電話をかけたときや、実家に帰ったとき、花が咲いたような笑顔や嬉しそうな声をくれる。

実は、大人になるまで、私は(1)だけで、母の愛情を疑わなかった。毎日家に帰ったら、手作りの料理が待っていて、美しく家が整っていた。洗濯もしてくれて、愚図な私を愚図だと言ったことがない。それ以上、何が要るだろうか。

母と娘は、ともに女性脳の持ち主で、娘はその感性の一部を母親からもらっているので共振しやすい。このため、母親の感情を増幅して受け止める傾向があるので、愛情表現はそれほど大げさでなくても、また頻繁でなくてもいいのではないかしら。母親が娘に愛を伝えるのは、そんなに難しいことじゃない。

娘をネガティブな感情のはけ口にしてはいけない

ただ、逆の注意が必要だ。愛情も伝わりやすいが、憎悪も伝わりやすいからだ。娘の脳は、母親の負の感情も、増幅して受け取る。イライラや憎悪や卑屈な気持ちを娘にぶつけるのは、とても残酷だと思う。

母親が娘に愛を伝える。その極意は、愛を伝えることよりも、娘をネガティブな気持ちのはけ口にしないことではないだろうか。

夫への憎悪を娘に口走ったり、人生へのいら立ちを娘にぶつけたり、思い通りにならない娘を「ダメ」と決めつけたりしないこと。私には娘がいないから、そのことがどんなに難しいかがよくわからない。だけど、メンタルが不安定な女性の多くが、母親の憎悪のはけ口となって苦しんでいるので、そうしてしまう母親も多いのだと思う。

人生が思い通りにならない。家族が期待にこたえてくれない。胸に暗黒の思いがあふれ出る。女なら、誰だってそんな思いの一つやふたつ抱えている。娘がいたら、ついそれを聞いてもらいたくなるのだろうか。女友達に話すように。その気持ちを、どうか自制してほしい。特に思春期の3年間は、子ども脳から大人脳への変容中なので、無防備だし、柔軟すぎる。増幅したネガティブな感情が、脳の深層に入り込んでしまうかもしれない。

娘の父の最重要ミッションは、妻のサポート

「愛の伝え方 父と娘編」は後で述べるが、思春期の娘を持つ父親にとって、一番大事なことは、自分の愛を伝えることもさることながら、母親のサポートである。

夫である人は、娘のために、妻のストレスを強めないこと。どのような夫も、この3年間は、家族を見守らなくてはならない。どのような夫も、この3年間は、妻に優しく共感してやらなければならない。娘を守るために。

そして、イラつく妻を、根気強く守る夫である父親を見て、娘は、「父の中に普遍の愛があること」を感じるのである。その愛が、必要ならば、必ず自分にも向けられることを信じるようになる。やがて、男の愛とはそういうものなのだ、という「男性全般への信頼」も生まれる。

男性不信に陥る女性の多くが、母親から、父親への憎悪を聞いて育っている。拒食症や過食症といった女性に多いメンタルの病も、両親の夫婦仲の悪さと関連しているという知見もある。

思春期の娘の脳にとって、母親にストレスがないことは、とてもとても重要なことなのだ。

* * *

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黒川伊保子(くろかわ・いほこ)
1959年、長野県生まれ。人工知能研究者、脳科学コメンテイター、感性アナリスト、随筆家。奈良女子大学理学部物理学料卒業。コンピュータメーカーでAI(人工知能)開発に携わり、脳とことばの研究を始める。1991年に全国の原子力発電所で稼働した、“世界初”と言われた日本語対話型コンピュータを開発。また、AI分析の手法を用いて、世界初の語感分析法である「サブリミナル・インプレッション導出法」を開発し、マーケティングの世界に新境地を開拓した感性分析の第一人者。著書に『妻のトリセツ』『夫のトリセツ』(講談社)、『娘のトリセツ』(小学館)、『息子のトリセツ』(扶桑社)など多数。

 

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