「土偶とは『植物や貝類の精霊』で、縄文のこころや暮らしを表したものです」
土偶の研究は明治以来130年以上続けられてきたが、その正体は謎のままだ。人類学者の竹倉史人さんが読み解く土偶の新説から、縄文の世界へ思いを馳せてみたい。
「ハート形土偶」はオニグルミの精霊
ハート形土偶の出土分布
人類学者の竹倉史人さん(45歳)が土偶に興味を持ったのは平成29年2月。東大駒場キャンパスで開講する講義のため、古今東西の神話を渉猟(しょうりょう)しているときだった。
「日本ではまず『古事記』や『日本書紀』が頭に浮かびますが、時代が新し過ぎる。縄文時代まで遡りたいと考えたのですが、文字の記録がない。諦めかけたとき、ふと“情報遺産”としての土偶があることに思い到ったのです」
改めて調べてみると、土偶の正体として「妊娠女性説」や「地母神説」などがあるが、どれも客観的な根拠が乏しく、研究者の間でも統一的見解が形成されていないということがわかった。
縄文人の暮らした森と海へ
人類学では、植物の栽培には必ずその植物の精霊を祭祀する呪術的儀礼が伴うことが、多くの事例とともに指摘されている。また、近年の考古研究の進展で、縄文時代は狩猟採集だけでなく、すでに広範な食用植物の資源利用をしていたことが判明している。ところが、縄文遺跡から植物霊祭祀の痕跡は発見されていない。実は土偶こそがその痕跡ではないのか。食料獲得は一番切実な問題で等閑(なおざり)にするはずもない。そう考えた竹倉さんは、実際に縄文人の暮らしていた森と海に足を運んでみた。
長野県の山中で渓流に沿って歩いていると、縄文人が食べていたというオニグルミを見つけた。もぎとって河原の石で叩き割り、中の実を食べたあとふたつに割られた殻を見ると、見事なハート形をしていた。驚いたことに、それはハート形土偶の顔に瓜二つだった。
「ハート形土偶はオニグルミをかたどった精霊像に違いない。そう直感しました。だが、形の相似は単なる偶然とも考えられる。そこで、土偶の出土分布とオニグルミの生育分布とを照らし合わせてみると、両者が近接性を持っていることが確認できたのです」
同じようなことが他の様式の土偶にもあてはまれば、それを俯瞰することで総体としての土偶の正体に迫ることができる。竹倉さんは、茨城県の霞ヶ浦の南西部にある椎塚貝塚にも出かけた。そこには、数千年前の無数の貝殻が散乱していた。もっとも目についたのがハマグリで、それはこの付近から出土した山形土偶(椎塚土偶)の頭部の形状にそっくりだった。
竹倉さんはさらに研究を進め、中空土偶はシバグリ、縄文のビーナスはトチノミ、結髪土偶はイネなど、9つの主要な様式の土偶のモチーフを読み解いていった。
「従来の土偶研究は縄文人をいたずらに神秘化し、抽象化して、実態と乖離してしまっていた。土偶はもっと切実な、日々の生活と結びついていたのではないか。そこには、縄文人の心の持ち方や暮らしぶりが表れているのです」
「山形土偶」はハマグリの精霊
貝をモチーフとする土偶の出土分布
土偶を読む図鑑
※この記事は『サライ』本誌2022年5月号より転載しました。 (取材・文/矢島裕紀彦)