文・五本木基邦
※前回の【『サライ』編集者の新型コロナウイルス後遺症回復記】2はこちらです。https://serai.jp/health/1048187
歩みは遅くても回復傾向が続いているかと思えば、急激に倦怠感が強くなるなど、後遺症も一筋縄ではいかない。体の中でいったい何が起きているのか、現在のところ正確なことはわからない。ただ症状から考えると、自分の体が一気に年を取ったように思える。
復帰第7週(発症から9週目)
気になるのは「体のダルさ」よりも「頭のダルさ」
「3歩進んで2歩下がる」とか「1歩下がって2歩進む」を繰り返して、嗅覚も改善しつつあるように思う。日によってかなり大きなバラつきがあるようだが、納豆やチーズの風味もしっかりわかる日がある。
疲労感も、再掲する下記のイメージ図のような改善の軌道にあるようだ。
ただ、以前から感じていた「頭のダルさ」が増しているようで気になる。
集中力が低下している上、打ち合わせなどの内容が記憶からスコンと抜けていることがある。メモを取っておかないと致命的。本など読んでいても、要旨がなかなかつかめない。考えるのが面倒くさい。
2つ以上のタスクを処理するのが苦手になったと感じる。昔のパソコンはメモリーが小さくて、やたらとフリーズしていたのとよく似ている。
だいたいこの原稿を書くのにも、思うようなコトバが出てこない。しかも集中力に欠けるために、発症前の3倍くらい時間がかかっている。
やはり「ブレインフォグ」と呼ばれる認知機能の低下もあるような気がする。
と、考えていてはたと気づいた。新型コロナウイルスは加齢を加速するんじゃないか? あくまでも後遺症の症状として、の話だが。
要するに『老人力』がついているようだ。かつて芥川賞作家の赤瀬川原平が、もの忘れなど老いによる衰えを、肯定的に捉えて提案したアレである。
体力の低下も、記憶力や認知力の減退も、年を重ねれば当たり前に起こる。嗅覚障害も高齢者に多いと聞く。そういうことが短期間に、わが身に起きた。いわば、玉手箱の煙を浴びてしまったのだ。
足腰の筋肉は30代以降、1年に0.5〜1%の割合で減少することが知られている。60代は30代の15〜30%減なのだ。また、人間は1週間の寝たきりで15%も筋肉が落ちるとも。ということは寝たきりに近い状態で2週間を過ごした私は、70代に近い筋肉量になっているのかもしれない。
以前、渡辺医師が「疲れやすさは、寝たきりになったことで筋肉が落ち、体力が衰えたことによる二次障害という面もあるんです」と話していたことも思い出した。
筋肉と同様、脳にも本来なら10年単位で起こるような変化が起きたのかもしれん。自分の未来をいち早く体感しているのか、おれ。
ただ、感覚的にはある程度、元に戻るような気がしている。
「元」を30代や40代だとイメージしていると、本気の筋トレが必要だろう。だが「昨年の自分」くらいまでなら、日常生活の中でなんとかなるんじゃないかな、と思う。筋肉も、それ以外も。
つらつらとそんなことを考えて、「頭のダルさ」を感じながらもちょっと楽になる。
復帰第8週(発症から10週目)
漢方では、日常生活の指導も治療の一環
日によってバラつきはあるものの、嗅覚はかなり回復してきた。疲労感や疲れやすさも、日常生活では困らないくらいになった。街歩きの仲間たちと10km以上歩くこともできた。さすがに翌日も疲れは残っていたが。
倦怠感(体と頭のダルさ)は多少残っているけれども、動けなくてどうしようもないということはなくなった。「補中益気湯」が奏功しているように思う。
診察のとき、渡辺医師からこんな指摘があった。
「五本木さんからのメール、夜中の2時とか3時とか、すごい時間に来てますよね。早起きして仕事をするようにして、床につく時間はもっと早くできませんか? パソコンで仕事をすると、ブルーライトでメラトニンの生成が抑制されるので、睡眠の直前までパソコンに向かわない方がいいんですよ」
漢方では、日常生活の指導も治療の一環である。
渡辺医師が睡眠について指摘したのは、睡眠中に脳や自律神経系、ホルモン系、免疫系などの整備や修復がされるからだ。私の場合、自律神経の乱れが腹部動悸にはっきりと現れているそうだ。
私も含め、便利な生活に慣れている現代人は、「ムチャをしていても健康になる方法はないか」と考えがちだ。あえて言えば「食生活や運動に気を遣い、規則正しい生活をしていて健康になるのは当たり前。それができないから医薬に頼るのだ」と思っているフシがある。
もちろん、それは大間違いである。
後遺症からの回復が、規則正しく穏やかな生活習慣に関係していることは、うすうす感じていた。毎晩、深夜まで仕事をしているわけではないが、少し体調が回復してきたおかげもあって、締め切りなど進行スケジュール上、多少はムチャをすることがある。そんな日々が2、3日続くと、確かに体調ががっくり落ちるのだ。
若いころは平気だったことも、年齢とともにつらくなっている。コロナ感染後の後遺症を奇貨として、考えを改めようと思う。
復帰第9週(発症から11週目)以降
体の声を聞け……新型コロナで気づいたこと
前回の診察以降、「補中益気湯」に生薬の「牡蠣(ぼれい)」が加わったスペシャル版を服用している。
この漢方薬を飲み、0時以前に床につくようにしたところ、少なくとも体のダルさは改善してきたように思う。自転車通勤にかかる時間も、無理せずコンスタントに54分台になった。
「西洋医学では病気を悪いもの、やっつけるべきものと考えますが、漢方など東洋医学では病気とは何かを教えてくれるものと捉えます」
以前、渡辺医師からそう聞いたことが印象に残っている。
新型コロナとその後遺症が教えてくれたのは、何だろうかと考えた。
「やがて高齢期へと向かう自分の体が発している声をちゃんと聞け」ということになると思う。ささいな、なんとなくの不調は体が発している声なのだ。
体のダルさは「多少忙しくても、決まった時間に眠ってくれ、ムチャは止めてくれ」だ。ダルさが強いほど、大声で叫んでいるのである。
私は自転車と散歩が趣味で、実益を兼ねて往復30kmほどの自転車通勤をしていたから、運動は十分だろうし人並み以上に健康なような気がしていた。が、そうではなかった。
感染の心当たりなどまったくないままに発症したのは、免疫などの生体防御能が低下していたからだろう。その理由が、不規則な生活や暑かった夏の疲労、さまざまなストレスにあったと思われる。
若い頃と同じような生活習慣のままでいると、「なんとなくの不調」が積み重なっているのだと実感した。体は声を発しているのに、聞いていなかったのである。そんな反省も、新型コロナとその後遺症ゆえのこと。
60代の入り口で貴重な体験をしたと思っている。
最後にお伝えしたいことがある。やっかいな後遺症のことを考えれば、ぜったいに罹らない方がいいですよ(これは声を大にして言いたい)。