チック・コリアの足跡を振り返る4回目です。今回は「デュオ(2人編成)」に目を向けます。デュオというのは、ジャズでは珍しい編成です(「ヴォーカルと伴奏」もデュオですが、ここでは対等な2人編成を取り上げます)。「そうかなぁ?」と思ったあなたはまったく正しい。現在では「珍しかった」が正しい認識でしょう。もちろんジャズでは編成はなんでもありですので、デュオの演奏も古くからあり、たとえば1939〜40年のデューク・エリントン(ピアノ)とジミー・ブラントン(ベース)の演奏はよく知られるところです。ただ、たとえばビル・エヴァンス&ジム・ホールの『アンダーカレント』(ユナイテッドアーティスツ)がデュオの名盤といわれるのは、演奏が素晴らしいのはもちろんなのですが、その60年代初頭には、ジャズのデュオ演奏が珍しいものだったという状況もあったからと思われます。
その認識を変えたのがチック・コリアです。もちろんチック以外にも、ラリー・コリエルらのギタリストや、ビル・エヴァンス自身の意欲的な演奏(二重録音ピアノやベースとのデュオ)などでデュオは広まっていくのですが、チック・コリアによるデュオ演奏のイメージの拡大の度合いは飛び抜けていると思います。
チック・コリアは、リーダー・グループ「リターン・トゥ・フォーエヴァー」名義を含めて約100枚のジャズ・アルバムを発表しましたが、デュオのアルバムは、なんと17枚もあるのです(ストリングス、オーケストラがバックに入るものも含む)。アルバムとしてではなくても、そのほかに多くのデュオ録音を残していますので、デュオ共演者の数はおそらくジャズ界でもっとも多いと思われます。
最初のデュオ・アルバムは、1972年録音の『クリスタル・サイレンス』。共演はヴァイブラフォンのゲイリー・バートンです。以来バートンとは頻繁にアルバムを発表し、全部で7枚のデュオ・アルバムをリリースしています。そのほかにも第97回で紹介した「リユニオン・アルバム」2枚にも演奏が収録されていて、さらに映像作品も4作もありますので、編成関係なしに、作品の数の上ではチックの最多共演者といえるでしょう。次に多いのは同業者、ハービー・ハンコック。アルバムとしては共作名義の2枚だけですが、それぞれのアルバムでも一部にデュオ演奏が収録されていますので、回数としてはバートンに次ぐものでしょう。
バートン、ハンコックのほかに、デュオ・アルバムが残されている共演者は、スティーヴ・クジャラ(フルート)、ボビー・マクファーリン(ヴォイス)、ベラ・フレック(バンジョー)、上原ひろみ、小曽根真、ステファノ・ボラーニ、フリードリヒ・グルダ(以上ピアノ)がいます。アルバム以外では、スタン・ゲッツ、ジョー・ファレル(以上サックス)、ゴンサロ・ルバルカバ、カティア・ラベック、マーカス・ロバーツ(以上ピアノ)との演奏があります。あまり知られていないと思われますが、渡辺貞夫(フルート)もあります(渡辺貞夫『ラウンド・トリップ』の1曲)。それと、先に「ジャズ・アルバム」と書いたのは、チックはクラシックに分類されるアルバムも出しているからで、その1枚、二コラス・エコノムとの『オン・トゥー・ピアノズ』(グラモフォン)がピアノのデュオです。
ここまで数えると共演者は15人。しかし、ピアノとのデュオで多いと思われるギターとベースはおらず、ピアニストはなんと7人もいます。また、ピアノ同士であっても火花を散らして勝負することはなく、協調して音楽を作るスタイルであるところもチックの特徴といえるでしょう。チックのデュオは、それまでのジャズにはなかったタイプばかりなのです。これが意識してのことなのかはわかりませんが、チックはつねに注目されていた存在だけに、ジャズのデュオ演奏のイメージを大きく変えることになったのでした。
文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。