文・写真/mimi (海外書き人クラブ/台北在住ライター)

「愛玉を見つけたのは日本人だよ」屋台の店主の謎のことば

台湾の夜市で焼き餃子やソーセージを食べ歩き、人ごみにもまれた後の熱醒ましには、冷たい「愛玉(アイユー)」をさらっと飲み干すのがいい。台湾特有の植物由来のゼリーに、甘さを抑えたレモンシロップに浮かべた愛玉は、消化を助け暑気払いの効果があるのだ。老若男女に親しまれる昔ながらの素朴な味は、愛玉という名の少女が屋台で売り始めて評判を呼び、彼女の名前で台湾中に広まったとも伝えられている。

愛玉専門の屋台は、愛玉と台湾特有の青いレモンが積んである。

この「愛玉」、台湾では中国語で「アイユー」と発音するのが一般的だが、日本では「愛玉子」、台湾語の発音「オーギョーチー」の呼び名が浸透しているらしい。どうして? いつからだろう? 台湾北部の港町・基隆(キールン)の廟口夜市で愛玉を立ち飲みしながら友人とそんな話をしていると
「愛玉を見つけたのは、日本人だよ」
 屋台の店主が教えてくれた。

世界各地で人気となった台湾発祥「タピオカミルクティ」のタピオカは、キャッサバという芋類の根茎から作られる。そのタピオカよりも古くから親しまれている「愛玉」も、クワ科イチジク属の植物由来のものだ。マンゴーに似た楕円形の実の中から取り出した茶色い種の部分をほぐし、布袋に入れ水の中で揉むと、ゆるやかなゼリーが出来る。海抜1000メートル以上の多雨湿潤な地域で育つ植物から生まれた、台湾ならではのデザートだ。


夜市の立ち飲み愛玉。器から直接口に含むのが屋台スタイル。

一杯30元(約100円)ほどで気軽に食べられるこのデザートについて、地元の人たちに聞いても「台湾特有の植物で作る、昔ながらの素朴なデザート」という程度の認識だった。

愛玉を、日本人が見つけた。

週末の夜市で、忙しい店主はそれ以上のことは言わなかった。現地では中国語の「アイユー」で通るのに、日本では台湾語で「オーギョーチー」と呼ばれるのも不可解だった。屋台の電球の灯りの下でゆらめく透き通った愛玉が、謎めいたもののように見えてくる。

戦前、東京帝国大学から台湾へ派遣された植物の父・牧野富太郎

ライトアップされた夜の基隆港を眺めながら台北に戻っても、屋台の店主の言葉が忘れられなかった。愛玉を見つけた日本人とは、誰なのだろう。中国語の資料で愛玉の原料となる植物を調べてみると、俗称は愛玉子、学名は「Ficus pumila L. var. awkeotsang (Makino) Corner」と記されていた。マキノといえば、「雑草という名の植物は無い」の言葉で知られる日本の植物の父、牧野富太郎博士の名前が浮かび上がってくる。

乾燥させた愛玉の種。ほぐして水に揉みだすとゼリー状になる。

台湾の報道や資料によると、植物分類学者として知られる牧野博士は東京帝国大学の命を受け、1896年10月20日に植物調査団として船で基隆港から台湾入りしていた。それから約2カ月、北は基隆(キールン)から南は高雄(カオシュン)まで、台湾を縦断するように植物の調査や採集を行ったという。

牧野博士が台湾で発見し採集した植物では、「高知県立牧野植物園」 (https://www.makino.or.jp/)で観ることのできる「タイワンマダケ」が有名だ。ほかにも、台湾中南部・嘉義で標本を採集した植物が、1904年に新種の植物として報告されている。それがMakinoと記された植物、愛玉だった。

基隆港は現在も台湾北部の海の玄関口として稼働する。

1940年に、牧野博士は完成までに約10年の歳月をかけた「牧野日本植物図鑑」を出版し、2017年には改訂を重ねた最新版「新分類牧野日本植物図鑑」が刊行されている。初版から約80年、没後60年を過ぎてもなお牧野博士の植物への愛情が刻まれ、生き生きとその枝葉を後世に向けて伸ばしているようだ。こうして博士の実績を辿る図鑑や自叙伝、植物園は多く残されているが、台湾での採集の日々はどのようなものだったのだろう。牧野博士と愛玉の経緯に関しては日本よりも台湾に閲覧可能な資料は多いが、現地でどのように過ごしたのか、戦前当時の状況を知るのは難しかった。

池波正太郎の銀座日記に登場する、谷中の老舗「オーギョーチー」。次ページに続きます
 

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