文/印南敦史

『ジジイの片づけ』(沢野ひとし 著、集英社クリエイティブ)というタイトルを目にしたときには、少し驚きもした。記憶のなかにある著者は依然として若く、少なくとも「ジジイ」というイメージではなかったからである。

だが1944年12月生まれだというので、もうすぐ76歳だということになる。そう考えればたしかにジジイではあるのだが、相変わらず若々しい文体を目にすると、「いい歳の取り方をしているなぁ」と感じずにはいられない。

ともあれジジイになった著者には、大きな変化が訪れたようだ。

若い頃は部屋をモノで溢れさせるのが喜びであった。レコード、ギター、カメラ、登山道具、本、画材道具、新しい文房具。会社の帰りにその時に興味を持った品を、少々値段が張っても購入していた。
やがて月日がたって自分の歳を意識すると、モノに囲まれた生活が疎ましく、「もっと自由になりたい」とモノに縛られない暮らしに方向転換する。若い頃には好きなモノを買えることが自由だと思っていたのに、不思議なモノだ。(本書「まえがき」より引用)

この感覚に共感できる方は、決して少なくないのではないだろうか。多くの人は、加齢と歩調を合わせるかのように「モノを減らしたい」という想いにかられていくものだからだ。著者の言うように年齢のせいなのかもしれないし、時代の空気の影響かもしれないが。

だから、モノを手放すことについて書かれた本書にも強く共感でき、そこに心地よさを感じもするのである。

なにより注目すべきは、著書が本書の冒頭で「朝の10分間片づけ」の話題を取り上げている点だ。朝起きて洗顔をしたら、リビングルームや机の上をまず片づけるというのだ。

その片づけを習慣にして、「日課のごとく体を動かしている」わけだ。それは、「モノを減らしたいけれど、なにから始めたらいいのやら」という思いを抱いている方にとっても大きな“きっかけ”となるに違いない。

著者は、毎朝決まって5時に起床するという。朝は脳が活性化している時間でもあるので、まずは片づけをして体を動かし、1日の助走をつけようという発想である。

私はこれまで絵や文章を書く仕事をしてきたので、「とりあえず絵はあの構図に落ち着かせよう」と考えながら、日課の10分間片づけ作業にラジオ体操をまじえて、手足を動かす。体を解(ほぐ)す要領で、リビングやソファの上に散らばった昨夜の雑誌や新聞などの片づけの作業に入る。(15ページより引用)

片づけをしながら体をほぐすのは、思わぬ筋肉痛や捻挫を避けるため。つまりはストレッチを兼ねているということだ。

テーブルや椅子の上にあったモノを元の位置に戻すだけでも、部屋は随分スッキリして見えると著者は言う。片づけをしたことがある人なら、誰しも一度は同じようなことを感じた経験があるのではないだろうか。

スッキリした部屋を見ると、たしかに気持ちまでスッキリしてくるものなのである。要はそれを「たまにやる」のではなく「習慣化する」ことが大切なのだ。ただし、そこには決まりがあるらしい。

朝の10分間片づけを習慣にすると、部屋の中にはジワジワと良い気が流れてくるようにゆったりとしてくる。この時に、新たな収納ボックスや収納カゴを使ってはいけない。収納は片付けとは別のカテゴリーに入る。朝の片付けは「元の場所に戻す」ことに集中するのが鉄則である。(本書15ページより引用)

同じく、その際には「捨てる」行為に走ることも重要。元の場所へ戻す作業をする過程では、見るたびに邪魔だと感じていたものがあることに気づくものだ。箸やスプーンのように小さなものも含まれるが、そういうモノを処分すれば気持ちは晴れ、使い勝手も上がるというわけだ。

たった10分間だけでも、片づければ何も置いていない空間が生まれる。ただ元の位置や場所に身動きできないほど物が詰まっていたり、引き出しが満員御礼状態では、それは無理である。空間を生み出そう。物を捨てることは、空間を作るという生産的な行為なのだ。(本書16ページより引用)

「空間を生み出そう」とは、なんとも新鮮な響きである。それが生産的な行為だという考え方も、強い説得力を感じさせる。モノに囲まれていた過去(と後悔)あってこそ行き着いた考えなのだろうが、同じようにモノに執着してきた私たちすべてにも言えることなのではないかと思う。

ただ、会社勤めをしている人にとって、朝の10分間は貴重だ。その10分が差をつける場合もあるのだから、片づけなどしていられないという意見もあるだろう。

しかし、そういう人は帰宅したあとに「10分間片づけ」をすればいいのだと著者。あるいは、自分に取っての「できるタイミング」で片づけをする習慣をつければいいだけ。習慣化することが重要であるわけで、それが実現できれば無理なく身についてくるものだという。

早朝、人は判断力が高まり冷静沈着になれる。(本書17ページより引用)

この一文は、見事に的を射ていると言える。そんな朝のポテンシャルを、活用しない手はないのだ。

『ジジイの片づけ』

沢野ひとし 著
集英社クリエイティブ
定価:1600円+税
発売:2020年10月

文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』( ‎PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。

 

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