文/池上信次

前回の「まるごと乗っ取り」セッションの続きです。リタ・ライス&ザ・ジャズ・メッセンジャーズより時代はずっと後になりますが、1979年にヴォーカリストの笠井紀美子が作ったアルバム『バタフライ』(ソニー)がすごいことになっています。これはバックに、まるごとハービー・ハンコック・グループをフィーチャーしています。ハンコック・グループは特定の名前こそついていませんが、73年の『ヘッドハンターズ』(ソニー)の大ヒット以来、ジャズ・ファンクの新しいスタイルを生み出し、(若干のメンバー・チェンジはあったものの)、ハンコック個人とは違う唯一無二の強烈な「グループの個性」を発揮しつづけてきました。笠井紀美子はこの1年前に自身のアルバム『ラウンド・アンド・ラウンド』(ソニー)で、1曲だけハンコック・グループをフィーチャーし、ハンコックの代表作「カメレオン」を録音していましたが、こちらはなんと、アルバム全曲でフィーチャーするという大胆さ。ハンコック・グループがヴォーカリストをフィーチャーするなら珍しくはないですが、これは笠井紀美子がリーダーなのです。しかもほとんどの曲がハンコックが作ったハンコック・グループのレパートリーなのです。ハンコックの曲を歌うのにはこれ以上は望むべくはない最高のバック・バンドであるのは当然ですが、大胆にもほどがあるというか無謀にも見える企画です。しかし、これが大成功。

当時のハンコック・グループはハンコック自身のヴォコーダーによる歌もひとつの特徴だったのですが、それを肉声で置き換えるという発想があったのでしょう。ハンコックも、おそらく試してみたかったのではないでしょうか。また、ヴォーカルに合わせた普段とは違うキイでの演奏もあり、グループの実力の高さも垣間みることができます。当然ながら完全にハンコック・グループのサウンドなのですが、笠井紀美子、ハンコックのどちら側から聴いてもじつに新鮮なサウンドのアルバムとなりました。

——アルバム紹介——
笠井紀美子『バタフライ』(ソニー)
演奏:笠井紀美子(ヴォーカル)、ハービー・ハンコック(ピアノ、キーボード、ヴォコーダー)、ベニー・モウピン(サックス)、レイ・オビエド(ギター)、ポール・ジャクソン(ベース)、アルフォンソ・ムザーン(ドラムス)、ビル・サマーズ(パーカッション)
録音:1979年
「アイ・ソート・イット・ワズ・ユー」「テル・ミー・ア・ベッドタイム・ストーリー」「処女航海」「サンライト」など、ハンコック・ヒット・ソングに加え、スティーヴィー・ワンダーの「アズ」も収録。ちなみに「アズ」のオリジナルはスティーヴィーの『キー・オブ・ライフ』(モータウン)に収録されていますが、そのヴァージョンはハンコックのエレクトリック・ピアノ・ソロの名演でも知られています。ハンコックは、それを再演し、さらにヴォコーダーで笠井とデュエットまでするという大サービス(?)ぶり。やるとなればとことんやる人なのですね。

珍しいところでは、カシオペアが丸ごと「歌伴」をやっているアルバムがあります。ヴォーカリスト大野方栄(まさえ)の1983年発表『マサエ・ア・ラ・モード』(アルファ)は、ジャケットにもクレジットにも「カシオペア」の名前はありませんが、全曲を当時のメンバーである野呂一生(ギター)、向谷実(キーボード)、櫻井哲夫(ベース)、神保彰(ドラムス)の4人が演奏しています(数曲にゲストあり)。しかも2曲では、カシオペアの曲に歌詞を付けて歌っています。おそらくほかでは聴けない4ビート・ジャズの演奏もあり、カシオペア・ファンならチェックしておきたいところですね。

——アルバム紹介——
大野方栄『マサエ・ア・ラ・モード』(アルファ)
演奏:大野方栄(ヴォーカル)、野呂一生(ギター)、向谷実(キーボード)、櫻井哲夫(ベース)、神保彰(ドラムス)、鳥山雄司(ギター)、佐藤博(キーボード)
録音:1981年〜83年
83年にリリースされたLPレコードはすぐに廃盤。CD化されたのはそれから30年後の2013年という、知られていなくても当然の隠れ名盤。

そういえば、前々回紹介の「歌謡曲+スーパー・ジャズ・セッション」でも、「まるごとバック」がありました。それは1979年12月リリースの郷ひろみ『スーパー・ドライブ』(ソニー)。このアルバムのバックはまるごと、ニューヨークのロック・フュージョン・グループ「24丁目バンド(The 24th Street Band)」なのでした。グループ名もきちんとクレジットされています。ジャケットをお見せできないのが残念なのですが、裏ジャケとインナーには、メンバー全員が主役の郷ひろみと同じ大きさの写真とイラストで登場しています。特別な「バック・バンド」ということがわかります。曲は歌謡曲のテイストですが、サウンドは24丁目バンド。24丁目ファンなら必聴です。

——アルバム紹介——
郷ひろみ『スーパー・ドライブ』(ソニー)
演奏:郷ひろみ(ヴォーカル)、24丁目バンド[ハイラム・ブロック(ギター)、クリフォード・カーター(キーボード)、ウィル・リー(ベース)、スティーヴ・ジョーダン(ドラムス)]
発表:1979年
このアルバムは、2017年にリリースされた郷ひろみの13枚組ボックス・セット『The 70’s Albums』(ソニー)で初めてCD化されました(LPリリースから38年!)。24丁目ファンなら必聴とお勧めしましたが、聴くのは難しいかも……。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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