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文・写真/陣内真佐子(グアム在住ライター/海外書き人クラブ)

人魚シレナ(Sirena)伝説・古代からチャモロ民族の間に語りつがれる寓話(グアム)

皆さんは人魚と聞いて何を思い浮かべるだろう。ハンス・クリスチャン・アンデルセンの童話? ウォルト・ディズニーのアニメ作品? それとも、夕暮れ時ライン河を見下ろす岩山の巌頭(がんとう)に腰をおろし黄金の櫛で髪を梳きながら美しく魅力的な歌声で舟人を惑わすローレライ伝説だろうか? 他にもギリシャ神話に出てくる2股に分かれた尾を持つ水の神サイレンまたはセイレーン、アイルランドのメロウやノルウェーのハゥフル、ニュージーランド・マオリ民族が信仰する海の精リーなど人魚にまつわる話がある。それらがすべて同一の種に属するという保証はないが世界各地に類似の生き物の伝承があるようだ。

広辞苑で引くと、

上半身が人間(多くは女人)で、下半身が魚の形をした想像上の動物。〈倭名類聚鈔19〉→儒艮(じゅごん)

と書かれている人魚は海洋哺乳類マナティやジュゴンが泳ぐ姿を見間違えたことに端を発する説が広く流布している。だが見間違え説に学術的根拠があるわけでなくジュゴンのメス=母親が体をなかば直立させて水面上に頭を出し前肢で子どもを抱きかかえるようにして授乳する姿から想起されたものだという説もある。

マナティ

マナティ。画像引用:Created by modifying “Hello There, Manatee” by U.S. Geological Survey is licensed under CC PDM 1.0 (by is licensed under https://search.creativecommons.org/photos/fae1760d-4215-445b-ae1b-b784abd012ea)

ジュゴン。画像引用:Created by modifying “750_7137” by jinkemoole is licensed under CC BY 2.0 (by is licensed under https://search.creativecommons.org/photos/e39b564f-7be7-471c-8324-db1024cc7036)

福井県小浜に伝わる八百比丘尼(やおびくに)伝説によると人魚の肉を食べた長者の娘・八百は800歳で空印寺の洞窟に身を潜めるまで諸国を巡歴したという。また西洋に伝わる賢者の石=エリクサーは服用するといかなる病も治り永遠の命が得られるそうだ。長生不老を願った秦の始皇帝や不死の肉体を追い求めた古代メソポタミアの王ギルガメッシュなど古今東西、不老不死を願う者たちによって乱獲されたジュゴンは個体数が減り国際自然保護連合(IUCN)のVN=絶滅危惧II類(Vulnerable)として現在レッドリストに登録されている。

特殊な魔力を持つ一族に生まれた乙女シレナ

さてグアムのチャモロ民族の間に古くから語りつがれている人魚シレナ(Sirena)の話をお伝えしようと思う。これはひとりの乙女が、とあるきっかけで人魚になってしまった話である。

グアム博物館の元館長アンソニー・ラミレス(故人)によって1978年に書かれた寓話集イ・テテナン=リマインダー(I Tetehnan)によるとかつてグアムがスペインの統治下だった1800年代、首都ハガニアには湧泉(ゆうせん)があったという。そしてその湧き水が2つの地区=サン・イグナシオとビリビックの間の緑豊かな森を介し蛇行しながらフィリピン海に流入する川の近くにミノンドゥという地区があったそうだ。

水遊びをする子供たちや洗濯をする女などかつてハガニア川が流れていた時代、チャモロ民族が河川と密接に結びついた生活を営んでいたのが分かる想像図。画像引用:サン・アントニオ橋の案内板画像を改変して作成

水遊びをする子供たちや洗濯をする女などかつてハガニア川が流れていた時代、チャモロ民族が河川と密接に結びついた生活を営んでいたのが分かる想像図。画像引用:サン・アントニオ橋の案内板画像を改変して作成

そこに泳ぐことが他の何よりも大好きなシレナというチャモリータ=チャモロ民族の乙女(Chamorrita)がナナ=母親(Nana)と暮らしていた。ある日シレナは母親からアイロンに入れるチャコール=木炭を作るためココナッツの殻を集めてくるよう頼まれて出掛けたのだが、母親からことづかった雑用を後回しにし、海でイルカやウミガメたちと遊ぶうちに時間の感覚をなくしてしまったのだった。

娘の帰りを待ちわびイライラしながらシレナを探しに出た母親は、用事も済ませず呼びかけにも応えず夢中になって泳いでいる娘を見つけた。そして怒りにまかせ「親の言いつけも聞かずいつもいつも遊んでばかりいる子は家にはいらない。そんなに海が好きならいっそ魚になってしまえばいい」と恨めしく言った。その時、遊びに来ていたシレナのマトリーナ=名付け親(Matlina)が慌てて「どうかゴッドマザーの私に免じて彼女を人間の姿のまま残してやってください」と神に願った。

なぜならシレナの一族は「口にした恨みごとすべてを本当のことにしてしまう」特殊な魔力を秘めていたからだ。だが、みるみるうちに腰から下がウロコに覆われ魚の尾に変形していく娘の姿を見た母親は蒼ざめ慌てて自分の発した言葉を取り消そうとしたがシレナの運命を変えることはできなかった。そしてシレナは「ナナ、もう二度とあなたに会えなくなるけど心配しないで。私は大好きな海で一生を過ごすのだから。あなたが怒り私を罰したことは分かっているわ。でも私は家に帰りもっと別の方法であなたから叱られたかった」と涙ながらに別れを告げ波間に消えていった。

その後何人ものペスカドーレ=漁師(Peskådores)たちが、どんな魚でも捕まえることができる不思議な力を持つといわれるチャモリータたちの長い黒髪で編んだ網で、人魚になったシレナを捕まえようと試みたが、一度も成功せずそれからは誰も彼女の姿を見ることがなかったという。シレナ伝説には諸説あるが、いずれも母親が鬱積した怒りをぶちまけた結果、人魚になってしまうチャモリータの悲しい結末で締め括られている。

チャモロ民族が代々伝承することわざ

この物語はチャモロ民族のことわざ「親の言葉は親の想像以上に子供に大きな重圧と影響力を与えている(Pinepetra i Funi’ Saina Kontra i Påtgonta)」ことを示唆しているという。ちなみにピネペトラ(Pinepetra)は石、サイナ(Saina)は親、コントラ(Koantra)は〜に対して、パッゴンタ(Påtgonta)は子供の意味である。また別のことわざ「あなたが何かを欲する時、自分の気持ちを慎重に確かめてから次の行動に移りなさい。後で後悔しても取り返しがつかないのだから(Hasu maulik antis di pula ’i fino’mu)」に表されるように後悔先に立たずなのである。

誰でも一度や二度はカッとなって子供や後輩、部下などを相手の言い分も聞かず頭ごなしに怒鳴った経験があるだろう。でもそれは彼らをうんざりさせるだけで何も良い結果を生まない。なぜなら彼らのためを思って厳しく指導したつもりであっても、上から目線の言動は逆効果で、彼女または彼を相手の顔色をうかがい調子よく返事はするものの行動しないタイプの人間にしてしまっているのだから。

聖アントニオ・パドゥアに捧げられた橋

人魚像のあるシレナパークまではタモン地区から車で約25分、マリンコードライブ=1号線を直進し南下して行くか赤いシャトルバスに乗車し26番のバス停・アガニアショッピンセンターで下車し15分ほど歩く。すると1号線と平行するウエスト・ソレダッド・アべニューがアスピノール・アベニューと交わる角に1973年に建てられたペドロ・パンゲリナン・マルティネス、通称ドン・ペドロの像が立つ広場がある。シレナはその銅像の奥にあるライブロック=サンゴ岩でできた小さなアーチ型の橋のたもとに腰をおろし、かつてハガニア川が流れていたミノンドゥ方向を眺めている。

ドン・ペドロはグアムではじめて製造業を設立した男で製氷冷蔵や建設、卸売など多岐にわたって会社経営をし金融開発庁の役員や裁判所の準裁判官を務めた大実業家である。敬虔(けいけん)なカトリック教徒だった彼は奉仕活動にも貢献的でローマ教皇ピウス12世からバチカン有功十字勲章をヨハネ23世そしてパウロ6世から聖シルベストロ教皇騎士団勲章を贈られている。1921年当時は冷蔵庫が普及していなかったため彼が橋の近くではじめた製氷冷蔵会社「PEDRO’S」の氷は多くの島民たちに利用されていた。そして1941年大日本帝国軍がグアムを占領した際いろいろな企業を押収したなかでも彼の製氷工場と冷蔵倉庫は貴重な財産だったそうだ

ドン・ペドロはグアムではじめて製造業を設立した男で製氷冷蔵や建設、卸売など多岐にわたって会社経営をし金融開発庁の役員や裁判所の準裁判官を務めた大実業家である。敬虔(けいけん)なカトリック教徒だった彼は奉仕活動にも貢献的でローマ教皇ピウス12世からバチカン有功十字勲章をヨハネ23世そしてパウロ6世から聖シルベストロ教皇騎士団勲章を贈られている。1921年当時は冷蔵庫が普及していなかったため彼が橋の近くではじめた製氷冷蔵会社「PEDRO’S」の氷は多くの島民たちに利用されていた。そして1941年大日本帝国軍がグアムを占領した際いろいろな企業を押収したなかでも彼の製氷工場と冷蔵倉庫は貴重な財産だったそうだ

1800年、知事マニュエル・ムロによって造られたサン・アントニオ橋、別名トライ・アチョ=石の橋(Tóllai Åcho’)の下を流れていたハガニア川は1944年8月の日米戦争終結後、米国による地区再興により流れが変えられ戦争で出た瓦礫で埋め立てられた。そして1966年、水流の伴わない観賞用の橋として現在の場所に移築後修復され1974年9月6日、米国国家歴史登録財(U.S. National Register of Historic Places)に指定されている。

橋のアーチの頂点にはカトリック教の聖人「アントニオ・パドゥアに捧げる」と刻まれたキーストーン=楔(くさび)石が今も残る

橋のアーチの頂点にはカトリック教の聖人「アントニオ・パドゥアに捧げる」と刻まれたキーストーン=楔(くさび)石が今も残る

シレナパークは時期ごとに白、赤紫、橙色のブーゲンビリアや赤桃色のマンゴー、燃えるように鮮やかなフレームツリー=火炎樹など多彩な花々が彩りみごとなので是非訪れてみていただきたい。

グアムの島花ブーゲンビリア

グアムの島花ブーゲンビリア(画像上)とフレームツリー(画像下)。正式には鳳凰木という名のマダガスカル原産のフレームツリーにはグアムが日本統治下にあった1940年代前半、島に入植した人たちが故国を懐かしみ桜に思いを馳せて名付けた南洋桜という呼び名がある

Sirena Park
Aspinall Avenue
Hagåtña, Guam 96910

文・写真/陣内 真佐子(グアム在住ライター)
東京都生まれ。1996年3月からグアム在住。2005〜2011年グアム旅行で困った際に使えると評判の英語・チャモロ語・日本語に特化した旅行会話本3冊を上梓。2010年に政府公認ガイド資格を取得。その知識を活かし、2015年からは大手旅行情報誌のグアム特派員としてブログ活動をこなしながら、他にも雑誌やWEBなど数多くの記事執筆や翻訳活動をしている。海外書き人クラブ会員(https://www.kaigaikakibito.com/)。

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