■あり余るお金で建てたプラナカンハウスへ
姓桟橋のように一族で結束して暮らす移民もいれば、現地人と結婚し、独自の文化を花開いた人々もいます。15世紀ごろ福建からマレーに渡ってきた中国人男性と地元のマレー人との間に産まれた子孫はプラナカンと呼ばれました。貿易で巨万の富を築いた人も多く、ペナンに贅を尽くした絢爛豪華な家を建てセレブな日々を送ったそうです。
今でも現存している「ピナン・プラナカン・マンション」を覗いてみましょう。思ったより外見は質素ですが、一歩、中に足を踏み入れると、まばゆいばかりの装飾品に頭がクラクラします。吹き抜けの中庭があり東洋風の陶器のテーブルが置かれ、床には西洋風のタイルが敷き詰められています。お金もありあまるほどあったのでしょう。その時代、一番いい建築資材や家具を世界中から取り寄せたそうで、西洋と東洋の融合が見事です。
それでは部屋に入ってみましょう。おや? テーブルの上にカードが散らばっています。この部屋は、男性がお客さんと商談をしている間、奥様たちが賭け事をする部屋。当時、ギャンブルは女性も熱心だったんですね。いったい何を賭けていたのか気になります。
次は家族のダイニングへ。主人は一番奥に座り、両側に掲げられた鏡をモニター代わりに見ていたそうです。右の人と話をしていても、頭越しに左のお客さんや家族の様子が分かりますよね。お客さんのお酒が切れたらすぐ分かるので便利そうです。
寝室もこれまた夢のようにゴージャスです。天蓋付きのベッドには、細かい刺繍が施されていますが、これは家の女性たちの仕事。結婚前の娘が家から出られるのは、お正月だけ。そして家でやるべきことは、刺繍、料理、音楽、ギャンブルの4つのみ。お金はあるけれど窮屈な決まりばかりで、その当時の女子がかわいそうになりますが、特に刺繍のスキルが高いほどいい縁談が来たそうです。
■ドキドキのお見合い椅子に座ってみる
さて、二階の廊下には、一風、変わった椅子が置かれていました。書さんが「さて、これは何のときに使うのでしょう?」とクイズを出します。座ってみれば、顔と顔が大接近。答えは、なんと若い二人を強制的に近づける「お見合い椅子」でした。
親たちは、ふたりの様子を隣の部屋から見守っていたそうです。家のなかだけで過ごしてきた娘が、未来のお婿さんと初対面する日を思い浮かべると、前日はドキドキのあまり眠れなかったのではないでしょうか。椅子からはそんな緊張感が伝わってきます。