鹿島神宮の大鳥居。平成23年の東日本大震災で倒壊したが、平成26年6月に再建。以前は御影石製だったが、現在は境内の杉で作った木製に。

鹿島神宮の大鳥居。平成23年の東日本大震災で倒壊したが、平成26年6月に再建。以前は御影石製だったが、現在は境内の杉で作った木製に。

取材・文/小野寺佑子

高天原の天照大神(アマテラスオオミカミ)は、葦原中国(あしはらのなかつくに)の平定のため、天菩比神(アメノホヒノカミ)、天若日子(アメノワカヒコ)を次々と下らせるが成就せず。続いて、建御雷神(タケミカヅチノカミ)と経津主神(フツヌシノカミ)が遣わされ、葦原中国を治めていた大国主神(オオクニヌシノカミ)との話し合いの末、ようやく国譲りが成し遂げられた。

――これが、“国譲り神話”の大枠である。なお、『古事記』には、建御雷神とともに天鳥船神(アメノトリフネノカミ)が下されたという記述がある。天鳥船神は神が乗る船のことだという。

また、『古事記』にはこうある。

大国主神は自分の子どもである事代主神(コトシロヌシノカミ)に相談した上で返事をするとし、事代主神は国譲りに同意した。しかし、もう一柱の子どもである建御名方神(タケミナカタノカミ)はこれに反発。そこで、建御雷神と建御名方神は力比べをすることになった。建御雷神が建御名方神を投げ倒し、建御名方神は大国主命の決断に従うと約束したのだった。

今回は、国譲りに遣わされた神々が祀られている“東国三社”を訪ねた。“東国三社”とは、建御雷神を御祭神とする「鹿島神宮」(かしまじんぐう、茨城県・鹿嶋市)、経津主神を御祭神とする「香取神宮」(かとりじんぐう、千葉県・香取市)、そして、天鳥船神を御祭神とする「息栖神社」(いきすじんじゃ、茨城県・神栖市)である。

■1:建御雷神を祀る「鹿島神宮」(茨城県・鹿嶋市)

鹿島神宮は、神武天皇の御代に創建され、中世には源頼朝、近世には徳川家康など武将から武神として崇敬されるようになったと伝わる由緒ある神社である。

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大鳥居をくぐってしばらく参道を歩き、楼門を抜けると右手に「本殿」がある。こちらは、江戸幕府二代将軍・徳川秀忠が寄進したものだという。本殿の後ろには、樹齢1,300年を超える、高さ約40mの御神木がそびえ立っている。

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本殿を参拝したら、さらに奥まで続く参道を行く。本殿までの参道の雰囲気とは打って変わって、木々が覆いかぶさるように立ち並び、厳かな雰囲気を醸し出している。空気がひんやり冷たく、歩き進むほどに心が清められるようだった。

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奥参道を300mほど進んだ右手には、建御雷神の荒魂を祀る「奥宮」がある。徳川家康が関ヶ原合戦の勝利のお礼として現在の本殿の位置に本宮として奉納したもので、14年後、新社殿を建てるにあたり遷してきたものだという。

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奥宮を過ぎて右に曲がり、さらに細い道を進むと「要石」が祀られていた。地震を起こす鯰の頭を、地中の奥深くで抑えているという伝説がある石だ。水戸の徳川光圀がどこまで深く埋まっているか確かめようと掘らせたが、七日七晩に渡って掘り続けても終わりがないばかりか、けが人も続出したことから掘削を断念したという逸話も残っている。

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再び、奥宮まで戻り、今度は左手に曲がる。坂を下ると右手奥に、水の底が見えるほど清らかに澄んだ小さな池が見えてきた。「御手洗池」という、1日に40万リットル以上の水が湧出する池で、かつてはここで禊をしてから参拝するのがなわらしだったという。

御手洗池の周辺は遊歩道が整備された公園になっていて、ほとりには茶屋もあり、参拝客たちの憩いの場になっていた。

筆者も、御手洗池の湧水で淹れたコーヒーを茶屋で買って、池のほとりでひと休み。この湧水は、“長命の湧水”として知られているそうだ。なんだかありがたい気持ちで、コーヒーをゆっくりすする。

【鹿島神宮】
住所/茨城県鹿嶋市宮中 2306-1
TEL/0299-82-1209
http://kashimajingu.jp

■2:経津主神を祀る「香取神宮」(千葉県・香取市)

鹿島神宮を後にして、次に訪れたのは香取神宮。御祭神は、建御雷神とともに国譲りを成し遂げられた経津主神だ。関東地方を中心に約400社ある香取神社の総本社である。

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土産物屋が並ぶ参道を抜けると、鮮やかな朱色の大鳥居が姿を現す。深い緑色をした杉とのコントラストが、凛とした美しさを引き立てている。

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鳥居をくぐると、木々が生い茂る参道へと続く。緩やかな坂道に敷き詰められた玉砂利を踏みしめながら歩を進める。玉砂利の音は、身を清める効果があると聞いたことがある。心なしか、ジャリジャリという音に心が洗われるような心地になる。

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参道を抜けて総門をくぐり、さらに、その奥の階段を上ったところにあるのが楼門だ。元禄13(1700)年に幕府が造営したもので、現在は重要文化財に指定されている。また、楼上に掲げられた額は、明治時代の海軍大将であった東郷平八郎の筆によるものだという。

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楼門くぐった先に拝殿が、その奥に本殿がある。本殿も、楼門同様に元禄13年に幕府が造営し、現在は重要文化財に指定されている。黒漆塗に、檜皮葺(ひわだぶき)の屋根が重厚な雰囲気を醸し出している。かつては、伊勢神宮の式年遷宮のように20年ごとに建替えていたが、戦国時代になると廃れていったという。

【香取神宮】
住所/千葉県香取市香取1697
TEL/0478-57-3211
http://www.katori-jingu.or.jp

■3:天鳥船神を祀る「息栖神社」(茨城県・神栖市)

最後に訪れたのが、息栖神社だ。悪神・悪霊から守ってくれる岐神(クナドノカミ)を主神とし、航海・航空の守護神である天鳥船神と住吉三神が合祀されている。前述の通り、天鳥船神は建御雷神とともに高天原から下された神様である。

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二の鳥居の奥に朱色の神門があり、その奥に社殿が見える。鹿島神宮や香取神宮に比べると随分こじんまりとしているが、どこか親しみやすさを感じるのどかな雰囲気がある。

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息栖神社の社殿。御神体は井戸である。

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社殿を参拝した後、来た道を戻る。二の鳥居を出て、さらに直進すると一の鳥居、その奥には舟だまりがあり、さらに奥には利根川が流れる。写真は、利根川の河川敷から見た、舟だまりと一の鳥居。

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一の鳥居の左右には「忍潮井」と呼ばれる井戸があり、この中から清水が湧いている。潮の中にあって真水が出ることからこの名が付いたそうだ。伊勢の明星井、伏見の直井とともに「日本三霊泉」と称されている。

【息栖神社】
住所/茨城県神栖市息栖2882
TEL/0299-92-2300

今回ご紹介した、鹿島神宮、香取神宮、息栖神社を参拝することを“東国三社参り”といい、昔から三社を一度に詣でると縁起がいいとされているそうだ。

神話の世界を感じながら、御利益を求めて巡ってみてはいかがだろう。

※参考:『古事記』(著・梅原猛/学研M文庫)、『現代語訳 日本書紀』(訳・福永武彦/河出文庫)

取材・文/小野寺佑子

 

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