文・写真/御影実(オーストリア在住ライター/海外書き人クラブ)

世界の王族の中でも屈指の、67年間という在位を誇るオーストリア帝国皇帝フランツ・ヨーゼフ。幾たびもの暗殺未遂事件をかいくぐってきたフランツ・ヨーゼフですが、その中でも最も危機が迫ったのが、皇帝23歳の時に起きた、1853年の暗殺未遂事件です。

即位して間もない若い皇帝が、なぜ暗殺の標的になったのか、犯人の人となりと犯行動機、皇帝の命を救った一市民、あの有名な作曲家と事件の関わりなど、暗殺未遂事件をめぐる謎に迫ります。

ハプスブルク家皇帝の居城ホーフブルク

皇帝の暗殺者は仕立て屋

1848年、18歳の異例の若さでオーストリア帝国の皇帝となったフランツ・ヨーゼフ。しかし帝国は折しも革命の真っただ中で、混乱を極めていました。お膝元のウィーンでメッテルニヒ体制が崩壊し、先帝フェルディナント一世が退位しただけではなく、統治下にあるイタリアやハンガリー、チェコでも民族自決を目指した独立運動が起き、新皇帝は次々と帝国内に軍隊を派遣し、動乱を鎮圧する必要に駆られました。

そんな革命運動がほぼ収まった1853年2月、23歳の若き皇帝は、副官と共にウィーン市壁の堡塁の上で、日課の昼の散歩をしていました。通りに背を向け、市壁の下で行われている軍事訓練を見下ろしていた時に、背後から男がナイフを片手に襲い掛かってきたのです。

襲撃を知らせる女性の声に皇帝が軽く振り向いたため、首の後ろを狙った刃は、軍服の防御用襟に当たってわずかにそれます。皇帝は後頭部(首という説も)に傷を負って出血したものの、致命傷は免れます。

犯人がもう一度ナイフを構えた時、副官のマキシミリアン・オドネル伯爵がサーベルで押しとどめ、通りがかった肉屋のヨーゼフ・エッテンライヒが犯人を取り押さえました。流血している皇帝は、「犯人を殴ってはいけない。逮捕しなければ」と言い、騒然とする通行人に向かって「落ち着いてください。なんでもありません。ミラノの私の勇敢な兵士たちの運命を背負っているだけです」と言ったとされています。(※ミラノ蜂起で12人のオーストリア兵が亡くなったことを受けて)

皇帝はすぐに、近くにあったアルブレヒト宮殿(現アルベルティ―ナ美術館)に運ばれ、二人の主治医の手当てを受けます。傷は2.5cmほどで大きく裂けてはいましたが、深くはなく、命の危険はありませんでした。宮殿に駆け付けた弟のカール・ルートヴィッヒは、兄のマキシミリアンにこう書き送っています。「主治医のゼーブルガーやグリュンネ伯爵をはじめ、その場にいた人々はみな、顔色が真っ白や緑色をして、震えていた。それに対してフランツ・ヨーゼフは『たいしたことはなかったんです。母がこのことを耳にしなければ良いのですが』と言っていた」傷が化膿したほか、眩暈や視力の混乱が見られ、回復には一か月ほどを要しました。

暗殺の瞬間を再現した絵画

暗殺未遂現場となったウィーン市壁は、現在取り壊されてしまってありませんが、位置的には、国立オペラ座の隣の建物の辺り。人通りの多い、目立つ場所での事件です。この場所で、犯人は14日間見張りを続け、チャンスを伺っていました。

上記の絵画の背景にもある、ウィーン工科大学
事件現場に近いウィーン国立オペラ座は、当時まだ建設が始まってすらいなかった

帝国を揺るがす大事件を起こした犯人は、ハンガリー人仕立て屋見習いヤーノシュ・リベーニィ(János Libényi)。犯行現場を事前調査し、包丁も両刃を研がせるなど、用意周到な犯行でした。 犯人は取り押さえられた時、「エーヤン・コッシュート!」と唱えたと言われています。エーヤンとはハンガリー語で「万歳」。コッシュートとは、1848年のハンガリー革命の指導者の名です。

当時、中欧から東欧にかけて、巨大な領土を支配下に治めていたオーストリア帝国。欧州で吹き荒れていた1848年の革命運動を発端として、ハンガリーでも民族自決と帝国からの独立を目指した運動が盛んになりました。革命当時ブダペストで軍隊の仕立て屋をしていた犯人は、君主国オーストリアに独立運動を鎮圧されてしまった恨みを晴らすため、ウィーンで軍人になって復讐しようとしていた、とのちに供述しています。

犯人はその場で逮捕され、8日後に、ウィーン郊外のシュピネリン・アム・クロイツで絞首刑に処せられます。この処刑では、厳重な警備が敷かれ、5万人の市民が見学に訪れたと言われています。

当時処刑場があった、シュピネリン・アム・クロイツの塔

単独犯と言われていますが、仲間として逮捕されたハンガリー人には、それぞれ20年と15年の塹壕堀りの重い刑が課せられ、要塞送りとなりました。

英雄になった肉屋

犯人を取り押さえた二人のうち、当時41歳だったオドネル伯爵は、勲章を授かり、ザルツブルクのミラベル宮殿のそばに邸宅を建てることを許されました。ウィーンの喧騒から逃れるように、事件から数年後には引退し、静かな余生を送ったと言われています。

一方、肉屋のエッテンライヒは、国民的英雄となりました。帝国からは、勲章の他に貴族の称号が与えられ、銀行の頭取になるなど、様々な名誉を与えられます。死後は「エッテンライヒ通り」と、道の名前にも名が残り、現在でもその一族は続いています。

二人はそろって、ウィーンから少し離れたところにある、国の英雄を祀るヘルデンベルク(直訳:「英雄の山」)に胸像が飾られています。

オーストリアの英雄が祀られている、ヘルデンベルク

教会とシュトラウスの新曲

皇帝フランツ・ヨーゼフの弟で、後年メキシコ皇帝となるマキシミリアンは、暗殺事件が未遂となったことを感謝して、新しい教会の建立を決定します。その名はヴォティーフ教会。「ヴォティーフ」とは神が祈りを聞き入れ、願いがかなった時に、感謝のしるしとして行う奉納を意味します。まさに、皇帝が暗殺未遂事件を生き延びたことを、神に感謝したしるしと言えます。

30万人の国民から2万グルデンが寄付され、当時の最高の建築家の一人ハインリヒ・フェルステルが設計し、23年の年月をかけて完成しました。ネオゴシック様式の美しい教会です。

発起人のマキシミリアンはその後メキシコ皇帝となり、現地で処刑されたため、その完成を見ることはありませんでしたが、皇帝フランツ・ヨーゼフと皇后エリザベートが、完成式典に参列しました。

ヴォティーフ教会

また、「美しき青きドナウ」で有名な、ワルツ王ヨハン・シュトラウス二世は、この事件を受け、オーストリア皇帝賛歌をモチーフとした、「皇帝救済マーチ」を作曲しました。

皇帝の暗殺が失敗に終わったことは、建築や音楽などの文化面でも、歴史に名を刻んだと言えるでしょう。

ヴォティーフ教会内部

その後の暗殺未遂事件

皇帝フランツ・ヨーゼフを襲った暗殺未遂事件は、これだけにはとどまりませんでした。1882年、当時はオーストリア帝国の領内だったイタリアのトリエステで、爆破計画が未遂に終わったほか、1910年、ボスニア・ヘルツェゴビナでも命を狙われます。この時は警備が厳しく、犯人は標的を変更し、知事を暗殺しています。その四年後にサラエヴォで、皇位継承者フランツ・フェルディナントを暗殺したプリンツィプは、この事件に刺激を受けたと言われています。また、1884年、オーストリア、グラーツの祭りでも、暗殺未遂事件が起きています。

こうやって、少なくとも四回の暗殺未遂事件を潜り抜けてきた皇帝フランツ・ヨーゼフですが、息子の皇太子ルドルフは心中事件で死亡し、妻の皇后エリザベートはジュネーブで暗殺者の刃に倒れています。更に、皇位継承者であるフランツ・フェルディナントも、ボスニア・ヘルツェゴビナで妻のゾフィーと共に暗殺され、第一次世界大戦の引き金となりました。

* * *

多くのハプスブルク家の皇族を刃にかけた暗殺事件の数々。その犯人の多くが、民族自決と帝国からの独立の思想に燃える、帝国支配下地域の若者でした。暗殺未遂事件で、オーストリア国内での人気が上がった皇帝フランツ・ヨーゼフでしたが、イタリアやハンガリーなどの支配下の地域では、常に独立運動がくすぶり、たびたび命の危険があったことになります。

若き皇帝の暗殺未遂事件は、一見、皇帝の散歩中に、仕立て屋が暗殺を企て、肉屋が取り押さえたという小規模の事件にも思われます。しかし、その背景を探ると、広大なオーストリア帝国をまとめ上げるハプスブルク家皇帝として、支配地域の不満にさらされていたことを象徴しています。

帝国が崩壊する第一次世界大戦より60年も前から、国内の情勢は動き出していたのです。

参考記事:
オーストリア皇后エリザベートの暗殺者、アナーキストのルイジ・ルキーニの一生
第一次世界大戦の火ぶたを切った「サラエヴォ事件」で暗殺された、オーストリア皇位継承者の居城を訪ねて

文・写真/御影実
オーストリア・ウィーン在住フォトライター。世界45カ国を旅し、『るるぶ』『ララチッタ』(JTB出版社)、阪急交通社など、数々の旅行メディアにオーストリアの情報を提供、寄稿。海外書き人クラブ会員https://www.kaigaikakibito.com/)。

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