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取材・文/ふじのあやこ

離婚、再婚などで複雑化する家族関係。血縁のない家族(義家族)との関係で生じる問題、そして新たに生まれたものを、当人にインタビューして、当時感じた素直な気持ちを掘り下げます。(~その1~はコチラ)

今回お話を伺った藍子さん(仮名・37歳)は、32歳まで一人暮らしをしていたものの、体調不良が原因で仕事を退職し、実家に出戻っています。その時実家には兄夫婦と子どもが暮らしていて、実家の雰囲気は以前とはまったく異なるものだったとか。仕事をしていなかった藍子さんは率先して家事をするようになっていきますが……。

「私が担当したのは、朝の用意全般です。もちろんそれ以外にも洗濯や掃除、買い物もしていましたが、朝早くに家を出る父と兄のご飯の準備を私がすれば、母と義姉はもう少しゆっくり起きてもらえると思ったから。私自身もいつまでも無職というわけにはいかないので、朝型の生活に慣れたかったという考えもありました。でも、これが後々アダになるなんて……」

保育園に落選するもパート勤務を強行した義姉。孫の面倒は母親に

藍子さんひとまず派遣の時短勤務で仕事を再開。朝食の準備を交代制にしたいと思っていたものの、自分から言い出すことはできなかったよう。その気持ちを汲み取ってくれたのは母親でした。

「母親は私から何も言わなくても朝早く起きて、私の半分の時間で朝食の準備を終わらせてくれました。さすがですよね。それに『仕事に慣れるまでが大変なんだから』と朝の準備を買って出てくれたんですよ。本当にありがたかったです。でも、義姉は朝起きてくる気配はまったくなくて。まぁ実家ではあるものの、私は出戻りで働いてなかった分、居候という後ろめたさがあって何も言えませんでした。でも、そのちょっとしたわだかまりが少しずつ大きくなっていったんです」

わだかまりがピークに膨れ上がったのは、義姉がパートに出るようになったことがきっかけだったそう。子どもの世話をすべて母親に押し付けていたと当時を振り返ります。

「姪は完全に母乳も終わっていたとはいえ、まだまだ手のかかる時期。それを外に出たいという理由で何の相談もなくパート勤務を始めたんです。ずっと家にいて姪(孫)の世話をすることになる母親のことをすごく軽視しているように感じました。一応保育園に申し込んでいたみたいですが、落選したようで。それならパート勤務をやめればいいのにそれもしなくて。

その頃私は別の会社に再就職していて、実家を出る準備をしていました。でも、義姉にこれ以上母親を頼ることをやめてほしくて、その防波堤になれればと実家にもう少しいることを決めました」

【次ページに続きます】

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