会社の雰囲気がよければ、業績は上がるのか? 一概にそうとは言えないかもしれないが、少なくとも社員の士気は上がるはずである。リーダーシップとマネジメントに悩む、マネジメント課題解決のためのメディアプラットホーム「識学総研」から、会社の雰囲気を向上させた社長のエピソードを知ろう。
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現場を歩かず、「朝の10円」だけで会社を浮上させた社長の話
「僕はこれを、『10円の親切』と呼んでいるんです」
業界内で低迷を続けていた会社を、まさに毎朝10円の習慣で浮上させた男がいる。
会社の雰囲気と業績は連動する?
「業績の良い会社は社内の雰囲気がいい」。
「雰囲気が暗い企業は社員の士気が下がる」。
など、社内の空気や雰囲気と業績には関連性があると指摘する人は多い。
ただ、実際のところ、これは「鶏が先か、卵が先か」のような部分がある。
業績の上下がきっかけで社内が変わるのか、社内が変わったから業績が上下するのか。
ここは企業によって様々かもしれないが、この男を見ていると、少なくとも浮上するときは、「社内の空気」が先にあるのかもしれない、と思わされる。
筆者はかつて、ある大手メディアで社員研修の担当をしていた。
その頃、会社は業界の中でも長い低迷状態が続いていた。
景気が良くないこともあり、非正規従業員を中心に人数減らしも続いたこともあって、社内にはさらに不満が溜まり、暗い空気さえ漂っていた。
正社員たちも、同業他社の噂を聞いてはその業績や環境を羨み、ため息をつきながら仕事をする状況が長く続いていた。
そんな折、ある男が社長に就任した。
その後、程なくして、業績が上向いた。
外に出向けば「最近、御社はすごく良くなったね」と、社内の雰囲気も業績も、生まれ変わったと言わんばかりに評価される会社に変わったのである。
「なんとなく良くなった」から始まった
社長が変わったといっても、何か特別な手を打ったわけでもなければ、大幅な組織改革があったわけでもない。
派手な設備投資をやった訳でもなければ、社員の給料を上げた訳でもない。
もちろん、あちこちで演説をぶったわけでもない。
ただ、この男が社長になってから、「なんとなく良くなった」と従業員は感じるようになっていた。
なんとなく雰囲気が良い。なんとなく、成績が上がってきている。
それも、一時的なものではない。
やがて、社員たちはその「なんとなく」の理由を考え始める。
そして、この男が社長に就任してからだ、ということに気づく。
「社長が変わってから、現場が明るくなった」
「社外に出ても、取引先から『最近の御社は良い感じだね』と言われるようになった」と、社員は声に出して言うようになった。
何が起きていたのか誰も知らなかった
この男は社長になってから、一体何をやったのか。
もちろん彼の、明るくてユーモア溢れる人柄もあるかもしれない。
「いい人」という評判で溢れている。それが顔にもにじみ出ている。
写真を見れば10人が10人とも「いい人そう」だという印象を受けるだろう。
しかし、「いい人」だというだけで社長になれるはずはないし、ましてや業績を引っ張れるかどうかというと、そうだとは限らないだろう。
むしろ「いい人」をトップにすると社内が緩む、という意見もあるくらいだ。
彼が従業員の目に見えないところで、やっていたことは何なのか。
ある年の新入社員研修で、「社長の話を聞く」という時間を作った時に彼は語った。
緊張する新入社員を目の前に、
「入社式の時にみんなの前で話したんだもん、もう話すことないよー」
そう言ってまず笑いを誘い、そこから始まったのが、冒頭の「10円の親切」についてである。
会社を劇的に変えた「10円のサプライズ」
「最近この会社はね、雰囲気がいいですねーって外から言われるようになったそうです。僕もそう思います」
その中で、彼が心がけたのは、現場とのコミュニケーションだという。
その方法がまた、独特なのである。
「社長って普段何してるか、みなさんわかんないでしょ。
でもね、僕もこう見えて忙しいんでね、頑張ったときは一人ひとりとちゃんとお話したいけれど、そうもいかないんです。
そこでね、成績が報告されてきた時に現場の人が頑張ってたらね、翌朝、電話をかけるんですね」
業績というのは、日々何かしらの結果で社長の目に留まる。
この男はそれを見て、数字を上げた部署に直接電話をかけるという。
それも、社長であることを名乗らず、「○○ですけど、××課長いますか?」とだけ。
「どちらの○○さんですか?」と聞かれても、「役員室の○○です」としか言わない。
特別珍しい苗字でもないため、若い派遣社員が電話を取った時は何の疑問も抱かずに上司に電話をつなぐ。
そして、彼はギリギリまで名乗らない。「おめでとう」という話になって、電話の受け手は相手が社長だということを知り、驚くのである。
数千人が24時間働く社屋で、普段会うことのない社長から、自分に直接電話がかかってくる。
とんだサプライズであることは間違いない。
彼はこのサプライズを仕掛け続けることによって、現場の空気を変えていったのだ。
「まさか社長から直接自分に電話がかかってくるなんて、誰も思わないでしょ。
でもね、朝の電話1本で、みんなとても喜んでくれるんです。
僕はこれをね、『10円の親切』と呼んでいるんです。時間もかからないし、10円で済む」。
これが劇的に効いたという。
「権威」と「仲間」2つの立場
しかしこれは、彼がそこまで考えているかどうかはわからないが、客観的にみればかなりの技巧である。
物腰こそ柔らかいが、彼は「社長」という肩書きが持つ権威を知っている。
自分が「偉い人」だということを知っているのだ。
そして、ユニークな方法で立場を利用している。もちろん良い意味でだ。
しかし一方で彼は常に、「自分とみんなは仲間である」ことも説く。
彼が社長に就任した年に入社した新入社員に対しては、
「僕も今年社長になったから、同期生だね。よろしくね」と挨拶して見せた。
こんなことを言う社長は、まずいない。
彼にとって社員たちは、「自分が雇用する人間」ではなく、「共に働く仲間」なのだ。
オフィスを歩くことはしない
そして、彼は決して、不用意に現場に顔を出すことはしなかった。
「会いに行ける社長」みたいな安直な存在にはならなかった。
それも彼が「威厳」を保ち続けたひとつの理由だろう。
だからこそ、突然かかってくる電話に驚き、モチベーションが上がるのだ。
そして、彼がやっていることやその人柄は、顔を見せずとも噂として社内に広がる。
そうやって、社内の空気を激変させたのだ。
更にその評判は、社内だけでなく、社外にも空気の良さとして伝わる。
取引先にとっても「良い企業」に映る。
すると、業績も上がってくる。
そうやって長く頭上にあった壁を突き破った。
結果、さらに士気が上がる。
会社の評判が高まれば、そこで働く社員も誇りに思う。
映画のサクセスストーリーのように、何もかもが好循環し始めたのだ。
「社長は社員のために働くのが仕事」
彼は現場の社員に、具体的な指示をしている訳でもない。
社員の尻を叩くことが自分の仕事なのではない、と認識しているのだ。
ただ、彼の中にあるのは「自分のためにみんなが働いてくれている」という意識かもしれない。
彼は「自分に何ができるのか。従業員一人一人が輝かしい会社生活を送る、そのために何ができるか」を考えているという。
自分の仕事を、社内の物事を決められる自分の立場を使って、社員のためにやるものだと思っているのだ。
まさに「生え抜き」だったこの男がやっていたのは、ひたすら社員への奉仕を考えることだったといっても過言ではない。
実際、電話1本は内線なので、10円すらかかっていないのだが。
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いかがだっただろうか。雰囲気作りとは、まさしくそれを行おうとする人間が持つ意思をそのまま相手に伝えることから始まるのではないだろうか。
引用:識学総研 https://souken.shikigaku.jp/