ムクは本当にいい子だった。これが俗に言う親ばかというものかもしれないが、ムクは誰に対しても平等で、人見知りをしなかった。少々強引に抱っこされても少し困った顔をするだけで嫌がらない。動物病院で注射をされるときもおとなしく針にブスっと刺され、美容室に行ってもただ終わるのをじっと待つ。無駄吠えもしなかった。
家の庭におろすと喜んで走りまわる。近所の猫が庭を歩いているのを見つけると、遊んでほしくてシッポを振りながら近づいていく。猫にパンチされて、額に三日月のようなひっかき傷ができても、猫に対して怯えることはなかった。おひとよしの性格は母そっくり。
月日は流れ、私と弟はそれぞれ親元を離れ一人暮らしになった。親とムクから離れて数年。父親が東京へ転勤が決まり、東京で就職していた私は、再び親とそしてムクといっしょに暮らすことになった。私はあまりムクと遊び時間はとれなかったが、どんなに帰宅が遅くなってもムクは玄関まで出迎えてくれた。変わらず、いい子で愛らしい。
だがムクとの別れは突然訪れた。ムクが東京で暮らし始めて2年目。朝、急に具合が悪くなり、住まいの目の前にある動物病院に母が連れていった。夜、家に帰ると母がマンションのベランダから動物病院の明かりを見つめていた。
「大丈夫かな、大丈夫かな」
私も父も昨日までムクは元気だったのでそれほど心配はしていなかったのだが、翌日の朝、動物病院から深夜に容態が急変し、息を引き取ったという連絡が入った。母は電話口で泣き崩れた。
【後編】に続きます。
文・鈴木珠美
カーライフアドバイザー&ヨガ講師。出版社を経て車、健康な体と心を作るための企画編集執筆、ワークショップなどを行っている。女性のための車生活マガジン「beecar(ビーカー)https://www.beecar.jp/ 」運営。