
人の顔には、それぞれの人生が刻まれると申します。若さや美しさという面では、どう足掻いても年齢とともに輝きは失われ衰えるものです。しかし、年齢を重ねることによって得た経験や体験、修得した技能、そして鍛えられた精神が、その人の顔に滲み出てくるようになります。
それは、まさに渋くて味わいのある「燻し銀」(いぶしぎん)の表情ではないでしょうか?
それは、若い人には無い魅力となります。そうした方々が口にする言葉も、また味わいのあるモノで心に深く浸透するものであります。
今回の座右の銘にしたい言葉は「破邪顕正」(はじゃけんしょう) です。
「破邪顕正」の意味
「破邪顕正」について、『⼩学館デジタル⼤辞泉』では、「邪説・邪道を打ち破って、正しい道理を明らかにすること」とあります。文字を一つひとつ見ていくと、より深く理解できます。
・破 (は):打ち破る、破壊する。
・邪 (じゃ):正しくないこと、よこしまな心や行ない。
・顕(けん):明らかにする、はっきりと示す。
・正(しょう):正しいこと、正義、道理。
単に「悪を懲らしめる」というだけでなく、「正しきを顕す」(あらわす)という部分が非常に重要です。単に正しさを知っているだけでなく、それを積極的に表明する姿勢を表しています。つまり「破邪顕正」とは、誤りを正す勇気と、真実を示す責任の両方を持つという、能動的で力強い生き方の指針なのです。
現代社会では、インターネット上に真偽不明の情報があふれ、何が正しいのか分からなくなることがあります。また、「みんながそう言っているから」という同調圧力に流されそうになることもあるでしょう。そんな時代だからこそ、人生経験を積んだシニア世代が「破邪顕正」の精神で、正しいことは正しいとはっきり示す役割は重要ですね。
「破邪顕正」の由来
この言葉の由来は、仏教の三論宗にあります。
三論宗の根本教義として、吉蔵(きちぞう)という僧侶が著した『三論玄義』(さんろんげんぎ)という書物に登場します。もともとは「邪見や邪道を打ち破り、正しい仏教の教えを明らかにする」という意味でした。しかし、時代とともに、宗教的な意味を越えて、「社会の不正を正し、正しい道を示す」という広い意味で使われるようになりました。

「破邪顕正」を座右の銘としてスピーチするなら
「破邪顕正」は正義を示す言葉ですが、自分だけが正しいという傲慢な印象を与えてはいけません。むしろ、「自分自身もまだ学びの途上にある」という謙虚さを添えることで、言葉に深みが増します。以下に「破邪顕正」を取り入れたスピーチの例をあげます。
生きる指針としてのスピーチ例
私の座右の銘は「破邪顕正」です。初めて耳にする方もいらっしゃるかもしれませんが、邪悪なものを打ち破り、正しい道を明らかにするという意味の四字熟語です。
この言葉と出会ったのは、定年を迎える少し前のことでした。長年会社勤めをする中で、時に理不尽な決定や、誰も声を上げない不合理な慣習に直面することがありました。若い頃は「こういうものだ」と受け入れていましたが、年齢を重ねるにつれ、間違っていることを間違っていると言える勇気の大切さに気づいたのです。
もちろん、自分が常に正しいなどとは思っていません。むしろ、年を取るほど物事の複雑さが分かり、簡単に白黒つけられないことの方が多いと感じています。それでも、明らかにおかしいと思うことに対しては、できる範囲で声を上げる。それが人生の先輩としての責任ではないかと考えるようになりました。
最近では、地域のボランティア活動でこの精神を意識しています。例えば、高齢者を狙った詐欺の手口を地域で共有したり、間違った健康情報に惑わされないよう正確な知識を伝えたりする活動です。大げさなことではありませんが、小さなことでも「正しいこと」を示していくことが、結果的に多くの人の役に立つと信じています。
人生100年時代といわれる今、私たちシニア世代にはまだまだ社会に貢献できることがたくさんあります。若い人たちの良き手本となり、時には道を照らす灯台のような存在でありたい。そんな思いを込めて、「破邪顕正」という言葉を大切にしています。
最後に
「破邪顕正」は、一見すると堅苦しく難しい言葉に思えるかもしれません。しかし、その本質は非常にシンプルです。間違っていることは正す、正しいことははっきり示す。ただそれだけのことです。若い世代には、まだ身につけていない人生の知恵があります。社会には、誰かが声を上げなければ変わらない問題があります。そんな時、「破邪顕正」の精神で一歩前に出る勇気を持つことが、人生の後半戦を充実させる鍵となるでしょう。
●執筆/武田さゆり

国家資格キャリアコンサルタント。中学高校国語科教諭、学校図書館司書教諭。現役教員の傍ら、子どもたちが自分らしく生きるためのキャリア教育推進活動を行う。趣味はテニスと読書。
●構成/京都メディアライン・https://kyotomedialine.com











