30年間無休でスナック営業したが、時代が変わることを感じた

1994年に開店した、瑞江さんのスナックは浮き沈みがあっても、常に利益を出し続けた。震災があっても、疫病に襲われても目立たぬように開けていた。当然、給付金などは受けていない。

「スナックは、“私の世界”。誰がなんと言おうと、知ったこっちゃない。死ぬまで店をやろうと思っていたんですが、時代は変わった。数年前から若い人が来るようになったの。近くに住む大学生や若い会社員が来て、写真を撮るのよ」

一部の人は「ブログにあげていいですか?」とか「インスタにあげていいですか?」などと聞いてきたという。

「本音を言えば、絶対に嫌。でも、こっちは客商売だし、古臭い店に来てくれた若いお客さんに、いい気分で帰ってもらいたい。だから、“いいよ”と言うわよ。そういうお客さんがちらほら現れるのと、常連さんがお亡くなりになったり、施設に入られたりして、来なくなった」

若い客が増えるのは、常連客で持っていたお店にとって弊害とも言える。それは、近隣のお店にもあったという。地元の人に支持されていた地味な焼き鳥店に、食のインフルエンサーが来た。その人は、店や料理、マスターの顔までSNSに掲載。予約が殺到し、店主は体調を崩して店は休みがちに。今はもう1年以上休業中だという。

ある居酒屋も、無断でネットに掲載されたことで「コスパがいい」と客が押し寄せてしまい、休業。現在は、入り口に電子キーがある物件に移転し、常連とその友人だけを相手に店を経営しているという。

「個人経営の飲食店は基本的に儲からない。お客さんが“美味しかった”“楽しかった”“また来るよ”と笑顔でおしゃってくださるから、頑張れる。新しいお客さんが来て、お酒をたくさん飲んで、いろいろ注文してくださるのは嬉しいんだけど、やっぱり疲れちゃうの」

常連は店が日常だから、撮影などしない。しかし、新規の客は「エモい」「昭和レトロ」などと言いながら、シャッター音を鳴らす。

「コロナ明けから、1週間に2組くらい知らない人が来る。なんだか疲れるようになって、誰にも言わず、店を閉めた。お別れだとか“これまでありがとう”とか、そういう注目をされるのが嫌なのよ。SNSとかで騒がれるのも嫌。今の人って、勝手に私の写真とか動画を撮影して、インスタとか、ナントカ“ログ”とかにあげるじゃない」

息子は、店を閉めた日に帰国して、その翌日に温泉に連れて行ってくれたという。

「わざわざ時間を作って、私のために色々やってくれる。49歳の息子と76歳の母……親の顔も知らずに育ち、地獄のような毎日を過ごしていた私が、こんなに幸せな老後があるなんて、信じられないと泣きました。ただ、その後、息子は3日くらいウチにいたんですが、息がつまる。もう帰っていいよ、と追い出しました(笑)。でも一番の親孝行は、息子が児童養護施設への寄付や支援活動を続けていること。だから、私はそんな息子のためにも、絶対に迷惑をかけたくない」

瑞江さんの話を聞いていると、親が果たせなかった思いを、子供が果たすことが親孝行ではないかと感じた。それを伝えると「それもあるけれど、未来に何かを繋げる姿を見せてくれることで安心するのよ」と言った。

取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。

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