取材・文/ふじのあやこ

日本では婚姻届を役所に提出し、受理されると夫婦と認められる。夫婦となり、パートナーのことを家族だと受け入れられるものの、パートナーの両親やきょうだい、連れ子などを含め、「みんなと家族になった」とすんなり受け入れられる人もいれば、違和感を持つ人もいるという。また、ずっと家族として生活していたものの、分かり合えない関係のまま離れてしまった人もいる。家族について戸惑った経験がある人たちに、家族だと改めて感じられたきっかけを聞いた。
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「ツナグ離婚弁護士」を運営している株式会社Clamppyは、別居を経験した既婚者に対して「別居後に見える夫婦の実態についてのアンケート」(実施日:2025年1月8日~1月22日、有効回答数:別居経験者500人、インターネット調査)を実施。アンケートにて、夫婦が別居を開始したタイミングについて聞いたところ、「2年」がもっとも多く15.0%で、次いで「6カ月〜1年」が14.5%、「3年」が12.3%となった。続いて別居のきっかけを聞いたところ、「性格の不一致」と「喧嘩や口論」が男女ともに1位と2位を占めた。さらに、別居後どのような結末を迎えたかを聞いたところ、「離婚した」が38.9%、「同居を再開した」が43.2%、「別居を継続中」が17.9%という結果になっている。
今回お話を伺った千晶さん(仮名・45歳)は、結婚を機に夫の地元に移り住む。義母からは孫の催促を受けるも、大きなストレスを感じることなく、無事に第一子を出産した。【~その1~はこちら】
先天性疾患を持つ我が子を見て、義母は残念そうだった
千晶さんが妊娠中は、義母が甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたという。それは出産後も変わらなかったが、義母のある一言がきっかけで、千晶さんは義母と一緒に過ごすことに強いストレスを感じるようになる。
「生まれた子どもの心臓に穴が開いていることがわかりました。通常であれば出生後に自然に塞がっていくものだったんですが、私たちの子どもはそうはならずに手術が必要でした。先天性疾患ということに対して、義母は『弱い子を産んでしまって……』と言ったんです。その瞬間に、義母という存在が完全に無理になりました。“産後の恨みは一生”とはよく言ったもので、私の子どもが不合格というような発言は一生忘れないと思います」
仲良くしていた義母が一転、嫌いになったとき、夫の地元では逃げ場がなかったことに気づく。千晶さんは次第に追い詰められていったという。
「義実家は地元で長年飲食店をしていて、顔も広い。地元の産婦人科で私は出産したので、ママ友もできましたがその人の知り合いを1~2人辿るだけで義両親につながるのです。伝わるのが怖くて、軽い愚痴もこぼせませんでした。
義母は以前のように私の世話をしに定期的に来ていたのですが、以前のように愛想良くできなくなりました。その態度が伝わってしまい、義母も私に対してイライラを隠さないようになっていったんです。『もう大丈夫です』と突っぱねると『あなたのために来てやっているのに』といった言い合いみたいなのに発展してしまっていました」
【別居は夫から提案された。次ページに続きます】
