封筒を受け取って、渡すだけの仕事とは?
義也さんの同期の男性は、50歳で父になり、子供はまだ中学生だ。生活には困っていなくても、近い将来、莫大な教育費がのしかかることは予想できる。だから彼は在職中から節約しては株式投資などをしていた。
同期は仕事もでき、男ぶりもいい。義也さんといえば、貯金は目減りし、自分の存在意義がどこにあるかも感じにくくなっていた頃だ。一目置いていた同期からの「仕事を頼みたい」という相談は、千万の味方を得たような気がしたという。
「翌日に新宿のコーヒーチェーンで会うことになったんです。スーツを着て待ち合わせ場所に15分前に行くと、彼はすでに雇用延長した会社を辞めて、コンサルのような仕事をしていると言っていました」
世間話をした後、彼は「明日、静岡のある駅で封筒を受け取って、東京まで届けてほしい。謝礼は交通費別で2万円だがどうだろうか」と相談してきた。1日2万円になる仕事は、滅多にない。一も二もなく飛びつこうとしたとき、持ち前の「なんで?」「どうして?」と思う気持ちが湧いてきたという。
「これは子供の頃からの性分なのですが、自分の中に生じた疑問を真っ白につぶすまでは、先に進めないのです。この性格のおかげで、親にも先生にも殴られ、妻から嫌われ離婚もされてしまった。高専の成績は良かったものの大企業に入れなかったのはこの性格のせい」
そして、義也さんは彼に「その封筒の中には何が入っているんだ?」「依頼者は誰だ?」などと聞く。そのうちに、彼はスマホを見て「あ、別の人に決まったみたいだ。変な相談して悪かったね」と帰ってしまった。
「多分、近くで元締めがやり取りを聞いていて、“こいつはやめろ”ってことになったんでしょうね。その後、高額報酬をうたう中高年向けの闇バイトの実態が報道などで明らかになってきました。あそこで何も疑問に思わなければ、割りがいい仕事に手を出していた可能性が高い。真相はわかりませんが、産業スパイだったかもしれない。いずれにせよ真っ当な仕事とは思えない。同期とはそれ以来、連絡を取っていません」
中高年は社会的な経験を積んでいるので、指示通りに働き、任務を遂行するスキルも高い。今や「中高年闇バイト」はトレンドワードとしてしきりに報道されている。よく依頼される内容として、口座開設、クレジットカードやスマートフォンの新規契約なども知られるようになった。
「私は真面目に生きてきて、定年まで勤め上げたのに、怪しい仕事に手を出しそうになってしまう。なんかもう情けなくって。そんなとき、近所に住む息子夫婦がフリマアプリで売るものを探しに、ウチに遊びにきた。ウチには元妻が置いていった海外の食器がたくさんあるからね。それを売っては半額をくれるの。そのときに、闇バイトに誘われた話をちらっとしたら、お嫁さんが“お義父さん、仕事する気があるんでしたら、うちの実家を助けてくださいよ”と言ってきたんです。その翌週、嫁の実家に行ったら『タオルの行商をしてほしい』と頼まれたのです」
【63歳から、タオルの行商人になる……その2に続きます】
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。