親が認知症になると、銀行口座が凍結される可能性があります。その他にも、不動産の管理や売却の際に支障が生じたり、相続の問題、詐欺被害など、様々な財産管理対策が必要になる可能性が高くなります。
その対策の一つとして家族信託がありますが、認知症を発症しても家族信託を契約できるのか? そもそも認知症であるとどのように判断したらよいのか? など、認知症になった場合の財産管理について、さまざまな疑問があるのではないでしょうか。
そこで今回は、日本クレアス税理士法人(https://j-creas.com)の税理士・中川義敬が、長年にわたる税理士業務を通じて得た幅広い知識や経験に基づき、家族信託発症後に家族信託契約可能かどうか、認知症の判断、認知症を発症した親の財産管理についてご説明いたします。
目次
認知症の発症後に家族信託はできる? できない?
家族信託に必要な条件とは?
どうやって認知症の判断をする?
認知症を発症した親の財産管理はどうする?
まとめ
認知症の発症後に家族信託はできる? できない?
認知症の発症後に家族信託できるのか? という問いに関しての結論ですが、契約の締結は、当事者に意思能力がある場合にのみできると民法に明記されています。そのため、認知症により、意思能力が失われている状態と判断されれば、家族信託契約を締結することはできません。
一方、認知症が比較的軽度で、自ら意思能力が判断できる状態であれば、家族信託契約を締結することが可能です。つまり、当事者に意思能力(契約によるメリットやデメリットが分かる状態)があるのか、ないのかによって締結の有無が決定されます。
家族信託に必要な条件とは?
家族信託に必要な条件は、例えば以下の項目があります。
(1)財産の管理・運用・処分などを託す人(受託者)がいること
家族信託では、元々の財産所有者(委託者)から受託者に財産を信託し、受託者がその財産管理をすべて担います。
(2)委託者から受託者に財産が移転されること
信託では家族信託に限らず、信託された財産の所有権が、委託者から受託者に移転する形で、管理が行なわれます。ただし、家族信託により親の財産の所有権が子どもに移転しても、子ども自身の財産とは区別して扱われ、信託契約で決めた用途でしか財産を管理できません。
(3)受託者に財産の管理処分権限があること
家族信託では、財産に関する権利を財産権と管理・処分権に分け、管理・処分権を信頼できる家族に信託します。そのため、認知症を発症してしまっても、元々の所有者は財産権を持ちながら、運用や処分を家族に任せることが可能です。
(4)受益者と受託者の信認関係が確立されていること
受託者が信頼できない人であると、財産管理や家族信託の利用そのものに問題が生じてしまうなど、委託者の将来にも影響を及ぼしてしまいます。そのため、家族信託では受益者と受託者の信認関係の確立が大切になります。
(5)契約締結に必要な書類を揃えること
家族信託契約を締結するためには、例えば、以下の書類が必要になります。
・委託者と受託者の印鑑証明書
・信託に関係する当事者の戸籍謄本・住民票
・不動産の固定資産評価証明書、登記事項証明書、公図、不動産の登記済証等(不動産を信託する場合)
どうやって認知症の判断をする?
物忘れには、加齢に伴うものと、認知症によるものとがありますが、両者は大きく異なります。一般的に加齢に伴う物忘れの場合は、体験したことの一部を忘れる、忘れっぽいことを自覚しており、日常生活に支障をきたすことはないとされています。
一方、認知症による物忘れは、一般に体験したことを丸ごと忘れ、忘れたことに対する自覚がありません。進行すると、理解する力や判断する力がなくなって、社会生活や日常生活に支障が出るようです。
ただし、上記のことはあくまでも一般的に言われることです。実際、認知症であるか、ないかの診断については、医師が患者の症状、神経心理学的検査、画像検査、血液検査などの情報をもとに総合的に判断します。
認知症を発症した親の財産管理はどうする?
認知症を発症した場合、本人が財産管理をすることが困難になることが想定されます。そのため、家族信託を利用し、受託者が本人に代わって生活における財産管理全般を担うことで、認知症である親の財産管理問題を解決することにつながります。
一方、判断能力が十分なうちに契約を結ぶ制度として、家族信託の他に任意後見制度があります。任意後見制度は、本人が認知症などで判断能力が不十分になる前に公正証書で契約しておくものです。認知症になる前の契約や、契約の内容を理解できる判断能力が必要であること、認知症や資産凍結への対策、元々財産を所有している本人が財産管理を任せる人(後見人)を選べる点で、家族信託と共通しています。
家族信託と任意後見制度の違いは、財産管理の始まりは判断能力が不十分になる前か、後かという点が異なります。任意後見制度は、認知症などで判断能力が不十分になった段階で、本人や家族が家庭裁判所に任意後見監督人選任の申し立てをし、任意後見人の働きを監督する任意後見監督人が選任されることで契約の効力が発生するものです。
そのため、任意後見制度は本人の意思決定能力が欠如しない限りは、財産管理をすることは認められません。それに対して、家族信託は、契約を結んだタイミングで効力が発生するため、認知症になり判断能力が不十分になる前からでも、受託者に財産管理を任せることも可能です。
また、任意後見制度には、被後見人の住まいや医療、介護、日常生活に関する事務を任意後見人が代わりにできる身上保護が認められていますが、家族信託には認められていません。家族信託の受託者の権限は、あくまでも財産の管理・運用・処分に限られます。
まとめ
家族信託契約の締結は、当事者に意思能力がある場合にのみできるため、医師により認知症と診断され、意思能力が失われている前に家族信託契約を締結することが重要です。家族信託には、受託者が重要な役割を担っており、財産の所有権が委託者から受託者に移転し、管理・処分権が委託者に与えられます。そのため、信頼できる受託者を選定することが、家族信託を有効に活用するためのポイントになるでしょう。
また、認知症発症後の財産管理の問題を解決するには、家族信託は有効です。しかし、身上保護が認められていない等、デメリットもあります。それぞれの特徴やメリット・デメリットを把握することが肝要です。必要に応じて、家族信託よりも任意後見制度を選択または、家族信託と任意後見制度の併用により、認知症による財産管理の問題を解決していただきたいと思います。
●取材協力/中川 義敬(なかがわ よしたか)
日本クレアス税理士法人 執行役員 税理士
東証一部上場企業から中小企業・個人に至るまで、税務相談、税務申告対応、組織再編コンサルティング、相続・事業継承コンサルティング、経理アウトソーシング、決算早期化等、幅広い業務経験を有する。個々の状況に合わせた対応により「円滑な事業継承」、「争続にならない相続」のアドバイスをモットーとしており多くのクライアントから高い評価と信頼を得ている。
日本クレアス税理士法人(https://j-creas.com)
構成・編集/松田慶子(京都メディアライン ・https://kyotomedialine.com)