昼になると、会社中の菓子を食べてしまう

娘は半年ほど通勤していたが、やがてフェードアウトしてしまったという。しかも、そのことを娘から知らされたのではなく、就職を頼み込んだ社長から半年後に聞いた。

「彼はゴルフ仲間でもありながら、私が定年まで勤めた会社のウェブサイトを、私の紹介で制作しているので、私に恩があるんです。年齢も私の方が15歳年上ですしね。前はよく話しかけてくれたのに、娘が働き始めて1年後あたりから、私を避けるようになった。おかしいと思って聞くと、娘が原因だったんです」

賢治さんの娘は、最初の頃は働く意欲があり、仕事の勉強もしていたという。最初の仕事は、営業用の手書きの手紙をフォーマットに従い、1日30通程度書くことだったが、字も綺麗で作業も早かった。宛名を書きながら、業界の傾向を分析しており、雑談交じりで話していた。

その分析力を見抜いたチームリーダーが、営業の手紙書きに加えて、アタックリストに加える会社のサイト分析の仕事を振ったあたりから、雲行きが怪しくなっていった。

「体調不良で会社を休んだり、お酒の匂いをさせながら出社したこともあるそうです。また、娘は困窮していた時代の名残なのか、昼になると会社のお菓子置き場から、せんべいを持ってきてボリボリと音を立てて食べていたそうです。また、会社の差し入れ、お中元やお歳暮でいただいたものが放出されると、誰よりも早く手を伸ばしていたとか。なんだかもう、色々恥ずかしくて、消え入りたいような気持ちでした」

仕事をフェードアウトする前に、同僚が「良い才能を持っているんだから、頑張りな」と励ましてくれたが「体調不良でできません」と帰ってしまったそうだ。

「娘が中学から高校時代、勝手に遅刻したり早退したりしていたんです。学校に呼び出され、先生の話を聞くと娘はすぐに“お母さんが病気なので、帰ります”と言っていると指摘されたことを思い出しました。なんというか、成長への挑戦や、勤勉であることの訓練を避ける性格であることは私も把握していたんです」

チャレンジすることは苦しい。そこに到達するまでに、辛いことを続けなければならないからだ。一つの目標に向かって進む意志があっても、母の介護があると中断せずにはいられなくなる。

「娘はおそらく、妻の介護生活で、なんでも諦める癖がついてしまったんだと思います。かつては“お母さんの病気”でしたが、今は“体調不良”を水戸黄門の印籠のように使っている。そういうふうに成長してしまったから、今から矯正するのは難しいと思うんです」

怠け癖は誰にでもある。学校生活でそれを矯正され、勉強や運動をすることによって、能力を磨き蓄積することの苦しさと楽しさを知る。そして、それが社会人になったときに、キャリアを蓄積する喜びにつながっていく。

賢治さんの娘は、母親の介護という大義名分が与えられたために、成長に挑戦する力を育てることができなかったのではないか。賢治さんは65歳で定年後、妻とのんびり過ごしていたが、春から再就職して、娘の生活を支えるという。それが因果応報なのか、なんなのか……社会が抱える問題で、親がかりの大人が増えているという。それは、社会の逃げ道が多くなったことも関係しているのではないかと感じるのは、考えすぎだろうか。

取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などに寄稿している。

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