ビジネスの仕組みではなく、工賃を得て稼ぐ

義隆さんは「パソコン周りの雑用を行う、何でも屋」として定年後に起業をする。

「スマホが一気に浸透していって、いろんな仕事があるだろうと思って。営業はしませんでした。知っている会社から仕事をもらって、私自身がこつこつこなしていた。サイトの構築と更新サポート、動画の編集、バナーのデザインなど“ビジネスの仕組み”ではなく“工賃で稼ぐ”ことを目的にしていた。仕組みを作るには、初期費用がデカい。定年後に無理はしたくないからね」

当時の依頼内容を振り返っていくと、中小企業からのPCサイトの構築依頼に20万円、運営費に月額10万円、ウィルストラブル対応に40万円など、知り合いを辿って仕事を受注し、手元には月30~50万円が残ったという。

「ECサイトとかめんどくさいのは断っていた。そんなにあくせく仕事をしたくないし、社員を雇いたくない。のんちゃん(妻)と2人で旅行をしたり、おいしいものを食べに行ったり、映画を観たりする時間が大切だった。定年までの30年間、のんちゃんに家事も育児も丸投げだったから」

妻とは25歳のときに出会った。当時勤務していた会社で、キーパンチャーをしていたという。

「昔のコンピューターって、紙製のパンチカードにキーパンチ機で穴を開けデータ化していたんですよ。のんちゃんは優秀でかわいくて、一目ボレして付き合ってもらった。でもいいとこのお嬢様だから、結婚となると話は別。ご両親から“大学も出ていない男に娘はやらない”って大反対されて、交際3年目に大手に転職し、実績を積み上げてやっとのことで許しをもらったんです」

2歳年上の妻は、32歳になっていた。披露宴も「年増だから恥ずかしい」とやらず、これにまた義両親は激怒。

「私が母子家庭育ちとか、まあ、ほかにもいろいろあるわけ。そんな私と結婚してくれたから、どうしても幸せにしたかったから、がむしゃらに仕事をしたの。子供も欲しかったんだけれど、今みたいに不妊治療がなく、結婚5年であきらめかけたときに、娘が生まれた。あのときはうれしかったね」

義隆さんは35歳で、妻は37歳で親になった。目の中に入れても痛くないほどかわいがった娘は現在32歳。起業は娘のためでもあったという。

「大手への転職はのんちゃんと結婚するため。バリバリ仕事をしたのは、家族にいい暮らしをさせたいから。自分のためだけに、そこまでできない。のんちゃんに出会っていなかったら、私はどこかの中小企業で今でも働いていたかもしれない」

娘は美貌の母の血を引き、華やかで美しく聡明だという。

「新生児室で赤ちゃんがずらっと並んでいたんだけど、娘は特別というか、その段階で美しかった。本当にかわいくて、私みたいな苦労をさせたくなくて、幼稚園の頃からあらゆる辛いことを親が先回りして片づけちゃってたんだよね。だからちょっと変わった子に育っちゃった。内弁慶というか、なんというか……今でいう発達障害かもしれないと医師に診てもらったこともあったんだけれど、何の問題もなかったんだよね。親の前では明るくてかわいいんだけど、集団になるとダメ」

娘は22歳で大学を卒業してから、25歳までの3年間で10回は転職した。そんな娘に仕事を与えるためにも、会社を作ることにしたという。

【娘の転職に悩み「友達はママ」と言う愛娘の将来のために起業……その2に続きます】

取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。

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