家族3人、川の字で眠る
娘と夫、玲子さんの3人の生活が始まった。足がおぼつかない夫と、ほぼ寝たきりになってしまった娘だ。娘を真ん中にして川の字になって眠っているという。
すい臓がんは、背中やお腹、腰に痛みを訴える。一時期、娘は入院したが、「家に帰りたい」と自宅療養に切り替えた。訪問診療の医師が見回り、娘の体調がいいと、家族3人で湘南や房総にドライブに行った。
「ペーパードライバー講習を受けていて、本当によかった。カーシェアで車を借りて、ドライブするんです。東京はいいですね。夫も“もっと早くこっちに来ればよかった”と言っています」
娘も「パパとママと暮らしていれば、もっとちゃんと検査を受けたかもしれない」と言っていた。娘は非正規で働いており、人間ドッグや健康診断を受けたことがなかった。
「加えて、お金にも余裕がなかったんだと思います。正社員なら会社がお金を払ってくれるけれど、非正規はそれがない。自分で何でもしなければならないんです。娘だって一生懸命生きてきたのに、こんな結末は悲しい。もっと楽しい思いをさせてあげたいと思いました」
あるとき、娘は海を見ながら「私、大人になってから一つも楽しいことがなかったけど、ママとここに来れて幸せ」と言った。車いすに乗る娘の顔は涙で濡れており、玲子さんと抱き合って泣いたという。
玲子さんは、娘を救うためにスピリチュアルな世界に足を踏み入れていく。波動治療の先生に100万円、ご祈祷の行者さんに50万円、霊気治療の先生に100万円……いい人がいると聞けば、沖縄の離島まで頼みに行き、とんぼ返りをしたという。その中には有名俳優や政治家のがんを直したという人もいたという。
「すい臓がんは食欲が著しく低下するんです。通常の食事が難しいので、毎日のように高級フルーツ店に通い、娘が食べられそうなものを買っていました。助かるかもと思い、免疫治療なども試しましたが、全部だめ。とにかく安らかに旅立たせてあげたいと、ターミナル病棟に入居し、家族3人で最後まで過ごしました」
娘の葬式を終えて、貯金残高を見ると4000万円近くあったお金が、2500万円になっていた。
「これから家賃11万円を払い続け、介護保険や健康保険を払い続けて、生活していくのはどう考えても破綻する。夫の年金は入るとはいえ、個人事業主なので月6万円程度。夫を送って、私一人になってしまったら広い家に家賃11万円を払うのはムダになる。その頃にまた、弟に頼むのも心苦しい……」
最愛の娘の死という危機に直面して、正常な判断力がなくなり、お金を使ってしまった。玲子さんは「悔いなく送れたのはよかったけれど、もっと冷静になればよかった」と振り返る。
玲子さんの場合は、娘の死という期限付きの事態のため「なんとかしなくては」とお金に糸目をつけないという事態になってしまった。
「子供にお金を使う」という意味では玲子さんのような人は多数いる。退職金で子供のマンション購入を援助したり、孫の学費を出してしまったり……。仕事がなければ、入ってくるお金はない。そのまま過ごしてしまえば、老後貧困に陥ることになる。
今、玲子さんは仕事を探しており、娘が勤務していた介護施設に決まりそうだという。それと同時に、家賃が安い区民住宅に申し込んでいる。生活の状態が「まずい」と思ったら自治体の相談窓口にかけ込むなど、すぐに対応することが大切だ。
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などに寄稿している。