家族のアルバムに、私はいなかった

「離婚届を見ても、現実感が全然なかった。私がさんざんバカにしていたメロドラマの陳腐なシーンが我がことになっている。メロドラマでは、妻は気配を消して出て行っているが、ウチは真逆。私が朝使ったまんまの食器が流しに突っ込んであり、顔を洗ったあとの洗面台は水が飛び散っていた。妻が使ったバスタオルが床に落っこちていて、夏だったから悪臭を放っていた」

娘や息子に連絡をしたくても、携帯電話の番号すら知らない。

「練馬にある妻の実家に連絡をしたら、お義兄さんが出て、『さあ、知らないね』と落ち着いた口ぶりで言う。その感じから妻は実家にいると思い週末に迎えに行こうと思った。定年退職はしたものの、しばらく嘱託で仕事をしていましたから」

妻が出て行ってから4日後の日曜日の夜、妻の実家に行く。

「すると義兄夫婦が出てきて、妻はここにおらず、行き先も教えられないという。バカな話があるかと言ったら、『君はずいぶん妹をないがしろにしたようだね』と怒っている。十分な生活費を与え、交通の便が良く文化的で快適なマンションに住み、好きなものを買ってやり、子供は中学校から私立に行かせてやった。習い事もさせ、“ママ友”とやらとランチや飲み会をしても、文句ひとつ言わなかった。父に暴力をふるわれ通して死んだ私の母に比べれば、パラダイスではないか」

義兄は旧帝大系の大学を出て、官公庁に勤務している人物。文明さんは一目置いている。恥を忍んでが我が子2人の連絡先を聞くと「君はそこまで家庭にノータッチだったのか」とあきれられたという。連絡先は教えてもらえなかった。

「父親なんてうるさいだけだし、子供は母親がいればいいと思っており、それは今でも変わりません。妻が出て行ってから2年。一切の連絡がない。探偵を使えばいいんでしょうけれど、見つけたところで妻が帰って来るとも思えない。一度、義姉から連絡があり、『場所は言えないけど、元気にしているから大丈夫。介護施設で働いているって』と教えてくれたときは、ホッとして涙が出ました」

今、文明さんは27歳の時に購入したマンションで一人暮らしをしている。妻から預けられた離婚届けも、出せないままそこにある。

「妻は何もかも置いていった。子供たちのアルバムには、運動会やお遊戯会、親子遠足などの様子が映っていて、そこに私の姿はほとんどない。子供たちの成長を一切見ていなかったんだと愕然とするも、いい暮らしはさせられた。企業戦士として生きた私の人生に悔いはありません」

奥様は、2人の子供たちの行事、入学式や卒業式などのすべてに参加し、たくさんの写真を撮影していた。

「子供たちが、私が見たこともない表情で笑っているんです。ある写真では、『パパ おたんじょうび おめでとう』と書いてある大きなケーキの横で、子供たちが笑っていた。きっと待っていてくれたんでしょうね。それらを『くだらない』としてきたんだと、涙が止まりませんでした」

家族のアルバムを見られるようになったのは最近だ。それまで、どうしても見られなかった。

「嘱託も1年で終わり、会社からも家族からも見放され、この年で天涯孤独になった理由と向き合いたくなかった。悠々自適の暮らしをしてもよかったんだけれど、介護施設に再就職しました。仕事は総務のようなものです。スタッフさんと利用者さんの管理をして、クレームや入金の処理をする。妻と同じ業種ということも、再就職を決めた原因です。離婚届けはこれからも出さないでしょう。もし、彼女が戻ってきてくれた時のために、せめてキレイに片付けて置こうと、ここのところ毎日掃除をしています」

取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』『不倫女子のリアル』(小学館新書)がある。

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