取材・文/ふじのあやこ

写真はイメージです。

昭和、平成、令和と時代が移り変わるのと同様に、家族のかたちも大家族から核家族へと変化してきている。本連載では、親との家族関係を経て、自分が家族を持つようになって感じたこと、親について思うことを語ってもらい、今の家族のかたちに迫る。

ここ数年、離婚する夫婦は3組に1組もいるという数字をよく目にしたが、これには婚姻数の減少が影響しており、厚生労働省「人口動態統計特殊報告」(令和4年度 離婚に関する統計の概況)によると、平成 14年には約29万組となった離婚件数は平成15年以降は減少傾向が続いていて、令和2年は約19万3千組となっている。

関係に深い溝が生じると離婚となる夫婦がいる一方、さまざまな事情から、実際に離婚という行動に移せずにいる夫婦もいる。株式会社リライフテクノロジーは、別居経験者(家庭内別居含む)を対象に、「別居事情」に関する調査を実施(実施日2023年9月13・14日、調査人数:1015人、インターネット調査)。調査では、「どのような形で別居しているか(していたか)?」と質問したところ、「別々の家(74.3%)」と回答した方が最も多く、「家庭内別居」と答えた方も23.3%いたという。

今回お話を伺った瑛美さん(仮名・40歳)は現在、夫と子どもとの3人で暮らしているが、夫とは5年以上も家庭内別居を続けているという。瑛美さんに離婚意志はない。

義両親を看取るという役割を終え、母親が父親を捨てる

瑛美さんは岡山県出身で、両親と3歳下に弟のいる4人家族。小さい頃から感じていたのは両親の上下関係。父親のほうが6歳上、実家は父方の親族が暮らす土地の一角であり祖父母が建ててくれた家、という母親にとっては完全アウェーというような結婚生活だった。瑛美さんは母親を1人の環境にしたくないがために、関西にある大学には新幹線通学をしていたという。

「母親は父が家にいる間は父のために、父が会社に行っている間は祖父母や父の姉たちのために必死で家のことをしていました。休むことなく、常に家族につくすという考えの男性の家に入った立場だったんだと思います。

そんな環境に母親を置いたまま、私は一人暮らしをする気になれなくて、大学も新幹線で通い続けました。新幹線通学には母を守るためという気持ちがあるとは気づかない父親でしたが、新幹線代のほうが一人暮らしの仕送りよりも安くつくから喜んではいましたね」

瑛美さんの両親はそのまま添い遂げることなく、瑛美さんが社会人3年目のときに祖父母が立て続けに亡くなったこともあり、その1年後に離婚している。母親が父親を捨てて家を出ていったかたちだ。

「祖父母がなくなったことで、同じ敷地内で暮らしていた独身の父の姉が私たちの家に寄生するようになったんです。それが本当に嫌で母親は父を見限った。父親は本当は離婚したくなかったと思いますが、ずっと下に見ていた母親に離婚したくないとすがることはプライドが許さなかったんだと思います。両親はあっさり離婚となりました。

それまでずっと実家で、就職も岡山でしていた私ですが、母親が自由になったことで私も心機一転、知り合いを頼って上京しました」

【夫婦で子育てしたい思いがあった。次ページに続きます】

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