文/印南敦史
定年を迎えようというタイミングで、多くの方は「これから仕事はどうしよう?」という悩みと直面することになるかもしれない。
65歳、70歳まで勤務できる企業が増えていることも事実だとはいえ、一般的には60歳を境に第二の人生を歩みはじめることになるからだ。
したがって「そこからどうするか」が問題になってくるわけだが、多くの人は働き続けることを選ぶのではないだろうか?
『定年後の壁 稼げる60代になる考え方』(江上 剛 著、PHP新書)の著者もこの点に触れている。
ある本によると、世界を見ても日本は65歳以上の人が一番多く働いている社会らしい。
その理由は、年金支給額が少なく、将来的な支給にも不安があるからだといわれる。年金だけでは暮らしが十分に維持できない。だから65歳を過ぎても働かざるを得ない。
元気であれば、年老いても働きたいという日本人のメンタリティも高齢者雇用が多い理由かもしれない。(本書「はじめに」より)
もちろん前半の部分、すなわち年金支給額の問題も大きく影響しているに違いない。だが、むしろ後半の「働きたいという日本人のメンタリティ」が非常に大きいのではないか。理屈以前に、「働けるのであれば働きたい」と考えている人は少なくないということだ。
なぜなら、働くことは純粋に楽しいことでもあるからである。著者もまた、「仕事も楽しければ、遊びのようなものだ」と述べている。逆にいえば、他者と競ったり、工夫するなどの“遊びの要素”がなければ、仕事は楽しくないものになってしまうのかもしれない。
ともあれ、働けるならいつまででも働けばいいのであって、「何歳まで」というように期限を設けるのは無意味なのである。作家である著者のようなフリーランスにとっては当然のことでもあるが、そもそもサラリーマンに定年があるのも会社の都合にすぎない。
「働く」ということには、もっと本質的な意味があるのだ。
そもそも働くことは、人が社会と積極的につながることの助けになる。ある人類学の本によると、子育てに時間のかかる人類は、助け合うことで厳しい時代を生き抜き、今日の繁栄を成し遂げたのだと言う。協力し合うことが、働くことの意味なのだろう。(本書59ページより)
だからこそ、働けるならいつまでも働いていいわけで、それはボランティア的な仕事でもなんら問題はないのである。
なぜなら「社会の役に立っている」という自覚こそが、働くその人自身の命を燃やし、健康を維持してくれるからだ。
友人は87歳だが、今も中小企業の経営者として第一線に立っている。いい加減に息子に譲って引退しろと周りから忠告されているらしいが、聞く耳を持たない。老害と言われても気にしない。彼の口癖は「まだまだ息子には任せられない」である。これでいいのではないだろうか。確かに問題も多くあるかもしれないが、おのずと若者と高齢者の間で棲み分けができるはずだ。
(本書60ページより)
若いころはことあるごとに、「働くのはつらい」と感じたものではなかったか。ある意味では、それが若さというものだ。しかし年齢を重ねていくと、やがて本当に重要なことに気づく。すなわち、働くことは苦痛ではなく、喜びであるということだ。
そう考えることができれば、期限など考えずに働くことができるに違いない。
だが、「わかってはいるけれど、なにを喜びと感じたらいいのかわからない」という方もいらっしゃるだろう。もしかしたら冗談のように聞こえるかもしれないが、何十年も義務的に働き続けてきたのだとしたら、定年後にそう感じてしまったとしても無理はないのである。
では、どうすればいいのか?
60歳からは、自分の楽しみを優先して、わがままに仕事をすればいいのだ。
会社の再雇用で働くにしても、給料のためではなく、どうしたら楽しくなるかを考えよう。
(本書60ページより)
「どうしたら自分が楽しめるか」を優先した結果、ときには会社から叱られることだってあるだろう。しかし、それでもいいのだ。少なくとも会社やまわりの人に迷惑をかけずにいられるのなら、自分が楽しければいいのだから。
それに仕事である以上、本人が楽しんで臨んでいることはとても重要なポイントでもある。たとえば接客業だったとして、そこで働く自分が楽しみを感じているのであれば、その楽しさはお客様にもなんらかのかたちで伝わるに違いないからだ。
会社に勤務していても、自由人のように、はたまた笑顔で野菜を作っている人のように楽しく働こう。(本書60ページより)
いたってシンプルではあるが、これは心にとどめておくべき、大切なメッセージではないだろうか?
文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)などがある。新刊は『「書くのが苦手」な人のための文章術』( PHP研究所)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。