
取材・文/沢木文
結婚25年の銀婚式を迎えるころに、夫にとって妻は“自分の分身”になっている。本連載では、『不倫女子のリアル』(小学館新書)などの著書がある沢木文が、妻の秘密を知り、“それまでの”妻との別れを経験した男性にインタビューし、彼らの悲しみの本質をひも解いていく。
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広司さん(仮名・61歳・会社役員)の年下の妻は、去年の夏、結婚30年目に59歳で亡くなった。あれから1年、家の中には妻の気配が今でもしており、「いつ帰ってくるのかな」と錯覚することがあるという。
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亡くなる2年前から、妻は夫婦生活に興味を持つようになった
広司さんの話を聞いていると、フラットで淡々とした夫婦関係が伺える。
「そうですね。妻は感情の起伏が少ない。それは、自制しているのではなく、性分なんだと思っていました。それに気付いたのは、最初の起業に失敗したときに、自暴自棄になって別の女性と交際したこと。相手の感情のアップダウンが激しくて驚きました」
不倫相手は秘書として雇った34歳のバツイチの女性で、誘われるままに彼女のアパートについていった。妻にはない濃厚なやりとりに、我を忘れたという。
「一緒にいるときはべったりと甘えてくれる。帰るときに泣かれたり、暴れたり、妻にバラすと脅されたりして大変な目に遭いました。あまりにヒステリックなので、妻がいかに素晴らしい女性かを感じました」
自宅に来られるなど、3か月ほど泥沼状態が続いたが、女性に恋人ができて自然消滅した。
「妻と女性は直接会ってはいない。でも、その頃から、妻から距離を置かれ、夫婦の関係を持たなくなりました。きっと妻は気付いていたんでしょう。同じ寝室で寝ていたので月に1回程度、僕が求めると応じてくれたのですが、その頃から“誘うな”というオーラを感じるようになりました」
10年ほど全く関係がなかったが、亡くなる2年前ごろ、妻は広司さんのベッドに入ってくるようになった。
「僕はこの通り、少々肉付きがいい。ほっそりとした妻が僕のベッドに来て、僕の背中にピタッとくっついて、そのまま寝るんです。妻は冷え性で、足先が冷えると僕のふくらはぎの間に足を差し込んでくる。小さな足の感覚が今もよみがえってきます」
別の女性と関係持ち、長く妻との関係は途絶えていた。欲求は消えてしまいそうだったが、度重なるうちに、妻を求めるようなる。
「若い頃とは異なり、こちらはお腹が出ており、あちらは腰が痛い。2人で工夫して、いたわり合いながら、進んでいくんです。慣れ親しんだ体で、年老いた自分の分身と喜びを分かち合うのは、不思議な感覚ですよ。若い頃とは全く違う。静かな親愛の情というか、これほど優しい世界があったのかと、妻が隣にいることに深い感謝をすることもありました」
体を通して、妻の気持ちもわかったという。
「私から求めなかったことで、妻は淋しかったんだと。人を愛したり、信じたりすることは傷つくこととセットであるからこそ、お互いに誠意を尽くすのが夫婦です。それなのに、私は妻を傷つけてしまった。いつでも帰れる家庭という場所に甘えて浮気をしてしまった。女性を不安のはけ口にしたことに、妻は怒っていたのかもしれない」
妻との生活が充実するたびに、妻への情は深まった。コロナ禍の期間中、妻と一緒にいられるのが幸せだったという。
【妻は死期を知っていたのではないか……次のページに続きます】











