水割り1杯5000円の店で
美樹さんのスナックの営業時間は、12時から20時まで。明らかに高齢者を対象とした時間帯だ。
「地元の友達と話していた時に、美樹のスナックは人によって値段が違い、水割り1杯5000円のときもあると聞いたんです。これは憶測ですが、美樹は性的なサービスも提供していたのではないかと思います」
奈津さんは美樹さんにモデル詐欺のカモ扱いされても、変わらずに接した。それは、美樹さんの幼い頃の苦しみや悲しみを知っているから。
「容姿が優れていると、いいことも多いですが、悪いこともあります。だって、目だってしまうんだもの。男の欲望を処理する対象になりやすいんです。小学校3年生頃から美樹は大人の男たちにいやらしい目で見られていた。それに、体を触れられることだってあった。私はそれを知っていたのに助けることができなかった。だから、美樹を無視することだけはやめようと思っていたんです」
男たちの性暴力を知りながら、無視したことへの罪悪感。それが奈津さんの根底にある。
「美樹のスナックにも行き、ビールの小瓶に3000円を払いましたよ。夫はそれを聞いてあきれていました。“どんな美人かと思って観に行ったら、厚化粧のババアじゃないか”と笑っていたんです」
夫がそのスナックの常連になっていることを知ったのは、それから数カ月後のことだった。
「夫は地味で真面目な人で、私や家族のことをとても大切にしてくれていました。同じ会社に勤めているので、遅くとも19時には家にいる。それなのに、22時、23時と遅くなる日が続いたんです。お酒も得意じゃないのに明らかに飲んでいる」
行き先を聞くと居酒屋だという。夫は「コロナがある程度落ち着いたし、このタイミングで職場の若手と飲むようにしている」と名前を出しながら奈津さんに説明した。
「翌日、名前が出た若手社員に、あまり夫に飲ませないでほしいと頼むと“え? 2杯程度で帰りましたよ”と返事が来たんです。夫におかしいと問い詰めると、美樹のスナックにいたと白状したんです」
それから、夫婦関係は悪くなっていった。その要因の一つは、美樹さんがあることないこと夫に吹聴していたこともある。夫は女性に免疫がない。華やかで明るく、プロとして話を聞き、酒を飲ませる美樹さんにとって、夫を篭絡するなど朝飯前だろう。金を引っ張るのも秒読みだと考えられる。
美樹さんに「夫を誘惑するのはやめてほしい」と言いに行くと、話をはぐらかされた。そして、奈津さんが美樹さんに行った、過去のいじめの話を持ち出してきたという。小学校時代、クラスの優等生の奈津さんがよかれと思って行った事が、すべて裏目に出ていた。
「美樹の給食費をクラス募金で払う計画を立てたこと、いつも汚い服を着ている美樹に私のおさがりをあげ、それを着ている美樹さんを指さして、“先生、美樹さんがかわいそうなので私は服をあげました”と大きな声で言ったことなどを言われました」
奈津さんにとって、美樹さんは「美少女だけれど、かわいそうな人」だった。それを今さら“いじめ”と言われてもどうすることもできない。
美樹さんは今後、奈津さんの夫と肉体関係をもつのかどうかはわからないが、復讐のために奈津さんの夫と関係を持つのだとしたら、3人とも不幸になりかねない。復讐は心の快楽だ。
長年、取材を続けてきたが、快楽への暴走は身を亡ぼすと感じる。暴走を止めるのは、自らの頭で考える知性が不可欠だ。美樹さんにはそれがない。行き当たりばったりの人生を送って来た彼女が今後どうなるのか、それは神のみが知ることなのかもしれない。
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)、『沼にはまる人々』(ポプラ社)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)などにも寄稿している。