少子化やコロナ禍にもかかわらず、ここ数年、特に首都圏において増え続ける中学受験。街中の中学受験塾を横目に見つつ、我が子や孫たちを望む進路に進ませてあげたいと思う方も多いだろう。そこで、明治大学文学部教授であり、中学校や高校の国語教科書の編者や高校生直木賞実行委員会代表を務めている伊藤氏貴先生に「できる子ども」に育てるために必要な力について伺った。

伊藤氏貴(いとう・うじたか) 
1968年生まれ。文芸評論家、明治大学文学部教授。麻布中学校・高等学校卒業後、早稲田大学第一文学部を経て日本大学大学院藝術学研究科修了。博士(藝術学)。都内私立中高一貫校の英語教師、大手予備校の現代文講師などを経て現職に。主な著書に『奇跡の教室 エチ先生と『銀の匙』の子どもたち』、『国語読解力「奇跡のドリル」小学校1・2年』(ともに小学館)など多数。

新学習指導要領はかえって読解力を下げかねない

「実は、中学・高校・大学を問わず、あらゆる受験に関わっているのが国語の力です。国語は、受験のみならず、人間を形成するために欠かせない力を鍛える総合的な教科。しかし、20年前ほど前から国語読解力の低下が指摘され、スマホやSNSが普及したこの10年で一気に加速していると感じています」と伊藤氏貴先生は言う。(以下「」伊藤先生)

読解力低下といえば、2018年のPISA(※)での日本の読解力の順位が、8位から15位に急落したことも記憶に新しい。

※PISA……経済協力開発機構が3年おきに実施する国際学習到達度調査。加盟国の15歳児を対象に読解力、数学的応用力、科学的応用力の3分野で行われる。2018年の日本の結果は読解力15位、数学的応用力6位、科学的応用力5位(79か国・地域の結果)だった。https://www.nier.go.jp/kokusai/pisa/pdf/2018/01_point.pdf

「PISAの順位は、これより前の2003年に急落し、当時のゆとり教育が問題になりました。そこで『脱ゆとり』が行われたのですが、それでも読解力の低下が目立つ結果になっています。私はPISAの順位自体であまり一喜一憂しない方がよいと思っているのですが、グローバル化と少子高齢化が進んでいることを考えると、読解力向上は喫緊の課題。そこで、政府も含め、今までの国語の授業のやり方を変えなくてはならないという流れが生まれたのです」

これまでの国語の授業は物語を読み込み、深く理解することが主軸だった。しかし、今後は実生活ですぐに使えるよう実用的な国語を教えていくという。その嚆矢が2022年4月から高等学校で施行された新学習指導要領だ。ここでは国語の必修科目として「現代の国語」が新設され、家電の説明書や法令、契約書などが教材として登場する。

「私はそれがかえって読解力を下げるのではないかと懸念しています。内容をそのまま理解するスキルも必要ですが、高校の一つの科目としてまですべきことか。それよりも登場人物の心情や物語の背景、なにより書き手の意図を理解する“国語力”こそが大切。書き手の意図は表面に直接現れていないことも多く、類推・想像する力も求められます。国語力は文章の表面的な内容を理解するだけでなく、ものごとを全体的かつ重層的に把握し、有機的につなげる力までを含みます。この力が、全体的な学力向上に深く関わっているのです」

国語力とは、国際的にも注目される非認知能力と重なる部分も大きい。非認知能力とは、IQなどのように数値化できない力を指し、想像力、共感力、柔軟性、問題解決力、自制心、柔軟性、最後までやり抜く力などを含んでいる。中学受験の試験問題を見ると、国語はもちろん、算数、理科、社会においても、国語力がないと解けない問題ばかりだ。そして、難関校ほどその傾向が強い。

「国語力は、その後の人生にもつながっていきます。私は予備校で大学受験生を教えていたのですが、国語力が弱い生徒は、記述問題を白紙で出す傾向があります。ぼんやりと理解したつもりではいても、それを文章にすることができないのです」

名門中高一貫校の現役・卒業生が、東京大学を筆頭とする国立難関大学、早稲田大学や慶応義塾大学などの難関私立大学に合格するのも、国語力を鍛え続けているからだと合点がいく。

「その中でもトップクラスの学校に、灘中高(兵庫県の中高一貫校)があります。かつてレベルが低かったこの学校を、全国トップクラスに押し上げた功労者が、灘で50年間教え続けた国語教師・橋本武(1912―2013年)先生です。先生は、文部省(当時)の検定教科書を使わず、中勘助の『銀の匙』という小説ただ一編だけを中学校3年間かけて読み解くという一風変わった授業を続けました。生徒たちは何度も物語を読み込み、さまざまな方向から物事をとらえ、考えを自分のことばで伝えます。橋本先生は、『国語は学ぶ背骨』とおっしゃっていました。その国語の授業があったからこそ、その他の教科の学力も上がっていったのです」

橋本先生の授業の具体的な内容は、伊藤先生の著書『奇跡の教室 エチ先生と『銀の匙』の子どもたち』(小学館)に詳しい。

「なぜ、橋本先生が『銀の匙』を教材にしたかというと、主人公は生徒と同じ10代の少年で共感しやすいこと。そして、夏目漱石(1867-1916年)が賞賛したほど日本語が美しいこと。舞台も現代と地続きの明治期の日本で、歴史や風俗など学ぶ要素も多いことです。物語はただ読めばいいのではありません。その時の自分に適した多層的な物語を読み込むことが大切なのです。この授業を受けた生徒たちが、例えば最高裁や日弁連の事務総長になったり、あるいは東大法学部教授として総長にもなったりという例があります。小説をじっくり読むことで、法律の文章を読む底力も十分鍛えられるというエビデンスと言っていいと思います」

“タイパ”と生きていくための国語力

しかし、さまざまな動画、ゲームなどさまざまなコンテンツがあふれる現代。子どもたちが物語を読み込むことは大変難しい。

「国語辞典で知られる三省堂が年末に『今年の新語 2022』を発表しました。その大賞は“タイパ(タイムパフォーマンス)”。これは、かけた時間に対する効果、すなわち、時間対効果を指します。コミュニケーションもタイパ時代を背景に短文字化しており、学生間のLINEでは、“り(了解)”、“け(OK)”、“向(向かっています)”などが使われています。そんな時代に長文の物語を読むことはタイパが悪いと取られ、物語を読む子どもは減っていると感じます。物語を読み込むことで身につく国語力は子ども時代から鍛えた方がいいのに、多くの子どもができていないのです。タイパ重視のことばは表面的伝達でしかありません。幼いころにつけるべき国語力の基本は、互いの言いたいことを的確に伝えあう力であり、それは生きていく力そのものとも言えます。国語力には家庭環境も大きく関わっていると思いますが、スマホばかり見ている親、会話がない家庭で育った子どもの国語力は、どうしてもそこが弱くなってしまうのではないでしょうか。テレビなどの映像から流れてくることばが会話の代わりにはならないということは既に証明されています」

スマホの普及と、小・中学校の不登校者数は関係があるようにも思える。『学校基本調査』(文科省)によると、スマホが日本に登場した2008年は不登校の小・中学生は12万人ほどだったが、2021年度に24万4940人と過去最多を更新。その背景にはいじめなどさまざまな問題があるだろうが、一因に国語力の低下もあるのではないだろうか。国語力は学力のみならず、社会と関わる力であり、人との信頼関係の構築にも深く関わっている。自分の立場や相手の心情を理解し、それにふさわしいことばで意思を伝えることが、幼いころから身につけるべき能力なのだ。

では、生きるために必要な国語力をつけるにはどうすればいいのだろうか、その具体的なやり方を、後編で紹介していく。

【後編はこちら

構成/前川亜紀 撮影/藤岡雅樹(本誌)

『奇跡の教室 エチ先生と『銀の匙』の子どもたち 〜伝説の灘校国語教師・橋本武の流儀』

著/伊藤氏貴 発行 小学館
文庫判・240頁
定価660円(税込)
https://www.shogakukan.co.jp/books/09408773

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