取材・文/ふじのあやこ
家族の中には、血縁のない『義(理の)家族』という間柄がある。結婚相手の親族関係を指すことが一般的だが、離婚件数が増える現在では、親の再婚相手や、再婚相手の連れ子など、家族の関係は複雑化している。血のつながりがないからこそ生じる問題、そして新たに生まれるものも存在する。義家族との関係を実際に持つようになった当事者にインタビューして、そのときに感じた率直な思いを語ってもらう。
今回お話を伺った香苗さん(仮名・37歳)は35歳のときに結婚して、現在は夫とは別居婚を継続。結婚直後は週に1~2度会う生活をしており、香苗さんの夫は義母と2人暮らしをしている。夫と義母が暮らす家の生活費は香苗さんがほぼ負担しているという。
「結婚については、するつもりもしないつもりもどっちでもありませんでした。結婚ということを深く考えたことがなかったんです。だけど、他人と一緒に暮らすことが無理だと思って、好きな相手とは今の選択をしました。お互い自立していると思っていたのに、あるときから夫と義母を支えることになっていました」
だらしない父親が亡くなって、家に甘えという余白がなくなった
香苗さんは大阪府出身で、両親と7歳上に兄のいる4人家族。母親は世間体を気にする、真面目でしっかりした人。一方の父親は働いていない時期もあるなど、だらしない人だったそうだが、父親のほうが好きだったと振り返る。
「母は私たち子どもに完璧とまではいかなくとも、それなりのレベルのものをずっと求めてきました。学校の成績だけでなく、身だしなみにもうるさかったんです。小学生のときは毎日母親が髪の毛を整えてくれていて、中学、高校になったら寝ぐせなどがある姿では学校にさえ行かせてくれませんでした。
一方の父親は、家ではブリーフ一枚のだらしない体でゴロゴロしているような人。仕事に行っていたと思ったら次の日から平日も布団から起きてこないなんてこともありました。うちは共働きだったし、父方の祖父母が裕福な人でお金に困ることはなかったから、母親も最初こそ注意していたけどいつからかそんな父親のことを無視するようになりました。私は父がいる平日に一緒に家でゴロゴロするのが密かに好きでした。学校に行けとかまったく言わない父親のそのちゃんとしていないところが大好きだったんです」
そんな大好きだった父親は香苗さんが高校卒業間際に病気で亡くなってしまう。それ以降の家での生活を、香苗さんは「甘えという余白がなくなった」という。
「私はすでに実家から通える大学が決まっていた時期で、兄は大学から家を離れていて、母親との2人暮らしが始まりました。母親はあんな父親でも大好きだったみたいで、そこからあまり元気がなくなりました。だから、私が父の分も母親のことを元気にさせなくてはいけないと思いました。母親が喜んでくれるためには自慢の娘にならなければと。母は世間にアピールできるようなことが大好きだったから」
【働くことの楽しさに気づき、自立している自分も好きだった。次ページに続きます】