次男を愛せない理由がわかった
Fと日記に記された男は、妻の考えを賞賛していた。そのことを妻は心の底から喜んでいた。
「Fの教室に通っていたのは、1年程度だっただろうか。あの時、妻は30代前半で、ゾクッとするほど色気があった。それまで妻を女として見られなかったのだけれど、あの時は違った。そのうちに妻が妊娠し、次男が生まれた」
長男は自分に似ており、直道さんは猫かわいがりした。しかし、次男は妻に似ていたので、どこか苦手だった。
「長男は快活な性格で、成績も優秀だった。相手のサービス精神をくすぐるようなコミュニケーションができるんだ。運動会はいつもリレーの選手だった。中高一貫校から僕と同じ大学に入って、大手の商社に入っている。僕と違うのは、妻にキャリア女性を選んだことだろう。次男は不登校を繰り返した。集団を嫌うところがあって、権力や集団に隷属して迎合している僕や長男を、どこか見下しているようなところがある。顔も妻に似ている。子どもに差をつけてはならないと思って、自分を戒めてきたけれど、どうしても次男のことは好きになれなかった」
今、次男は映像作家として活動しているという。
「コロナでも我関せずという感じで、英国に住んでいる。結婚もしていないし、何をしているか全くわからない。数年に1回、妻が会いに行っているようだが、興味もない。なぜ、自分は次男にここまで興味がないのか。妻の日記を読んでいるうちに、その疑問が氷解していった」
おそらく、次男はFの子供ではないか。
「日記を見ると、妻とFの間には、男女の関係があった。日記を見るまでは、妻が別の男と関係を持つ可能性を疑ってもみなかった。知らなければよかった。このことを知って思ったのは、妻に愛されていなかったということ。35年間の結婚生活は、妻から“おもてなし”を受けていただけだったのではないか。家庭を作り上げ、愛し愛されるのではなく、給料運搬人だから丁重に扱われていただけ」
これからの人生のことを「ゆるやかな自殺」と直道さんは表現した。
「妻には日記のことは告げないし、これからも何も言うつもりもない。圧倒的な芯の強さのようなものにぶちのめされている。おとなしくて、何も考えていない妻はもういない。これから一体、夫婦がどうなっていくのか。ゆるやかな破滅なのか、沈黙を守って心を殺して生きていくのか……まさか自分の人生の終わりに、こんな奈落が待っているとは思わなかった」
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)、『週刊朝日』(朝日新聞出版)などに寄稿している。