取材・文/沢木文
結婚25年の銀婚式を迎えるころに、夫にとって妻は“自分の分身”になっている。本連載では、『不倫女子のリアル』(小学館新書)などの著書がある沢木文が、妻と突然の別れを経験した男性にインタビューし、彼らの悲しみの本質をひも解いていく。
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クローゼットの奥から出てきた妻の日記帳
「コロナ禍での外出自粛中に、妻の本当の姿に気が付いて、人生の足元が崩れるような気持ちです」と語るのは、直道さん(仮名・65歳・会社役員)。
きっかけは、直道さんが行った「終活」。
「5歳になる孫娘をウチで面倒を見ることになったんです。そのときに、僕と妻が旅先で写った写真を見ながら、『おじいちゃん、大きい写真、これにしたら?』と言うんです。何のことかと思ったら、遺影のことなんです。嫁の父親の葬式に出たばかりだから、そういうことを言ったんだろうね。自分では若いつもりでも、そういう時期になっているんだと思いました」
直道さんは、家にある大量の荷物を処分することにした。
「妻と結婚してから35年。このマンションに引っ越して30年。溜まりまくった荷物の処分を先延ばしにしていた。一人息子が家を出て10年になり、息子の部屋も荷物であふれている。ちょうどいい潮合いだと思った。そのときに、クローゼットの奥から小さなボストンバッグが出てきた。中を見たら日記帳で、そこには妻が僕に対して感じていたことと、妻の不倫の記録が書かれていたんです」
そもそも直道さんと5歳年下の妻は、格差婚だった。
「僕は名門と言われる大学を出ていて、同窓の人ばかりと付き合っていた。高圧的で人の話を聞かず、すぐに話題をすり替えて、自分は悪くないとわめくような女性が多かった。一方、妻はおとなしく何も言わない。そこがいいと思った。妻を僕に紹介した友人は『彼女、美人だろ。でも家が貧しくて、大学も出ていない。本気になるなよ』と耳打ちしたのを今でも覚えている。1年間交際して、妻が25歳、私が30歳のときに結婚。式の費用は全額僕と実家が出した。披露宴の招待客は、妻側が1、僕側が9で『釣り合わない式だね』と多くの人に軽口を叩かれた」
大手開発会社に勤務していた直道さんは、結婚3年目に、アジアのある国に赴任になった。
「妻は英語もできないし、社交的ではない。妊娠していたこともあり、私が単身赴任することにした。正直、話が広がって行かない妻のことを、おもしろくないと思っていた時期だった。気が強くて頭の回転が速い女性と結婚していれば、こんなことにはならなかったんだろうと思っていた」
【赴任先で女友達と密会する。次ページに続きます】