忘れたい過去の話をみんなの前でされる
移住はとんとん拍子に決まった。その街は廃屋問題にも悩まされており、幸江さんの自宅に近い比較的新しい家をびっくりするぐらい安く購入できる話もまとめてくれた。
「ここで買っちゃったのが、私のバカなところなんです。とはいえ当初はルンルンでしたよ。娘は“ママには向いていないと思うよ”と移住には反対していたのですが、引っ越しを手伝ってくれた。でも“たぶんすぐ後悔すると思うよ”なんて言われ、“そんなことはないよ”と言ったりしてね」
そして、親しい幸江さん一家と、楽しい生活が始まった。
「コロナ禍とはいえ、お客さんは多い。とても忙しかったですよ。毎日、ホントに充実していました。てっきり幸江さん親子で切り盛りしているのかと思ったら、地元の人も雇われていたんです。あるとき、カフェのスタッフが集まって、お昼ご飯を食べたことがあったんです。そこでざっくばらんに自己紹介をしたら、ある女性が“家庭内別居していた東京の人でしょ。よろしくね”と言うんです」
里子さんは、夫婦仲が悪いことを恥として、東京の友達にも実家の両親にも隠していた。
「それなのに、ほぼ初対面の人が私のことを知っている。そして、幸江さんはあけっぴろげというか、なんでもぺらぺらと話す人だったんです。私が過去に話したことも克明に覚えていて、驚きました」
家も近いから、お互いに行き来しやすい。幸江さんは一人暮らしの里子さんを気遣って、総菜などを作って持ってきてくれる。
「そのたびにウチに上がり込む。“ここは静かでいいわね”などと言いながら、家みたいにくつろいでいるんです。そして、どうでもいいことをぺちゃくちゃと話して帰っていく。その中には、私がもう忘れたいし、忘れていたパパ友への恋や、夫との夫婦生活のことなども含まれていたんです。せっかく忘れたのに、思い出すと記憶にこびりついてしまう。幸江さんが来るたびに、ドッと疲れるようになりました」
里子さんは、潔癖ゆえに、いろんなことが割り切れない人だ。だから、「この人と私は感覚が違う」と思っても、それを他人ごととして「そんなものだよね」と意識の外に置けない。自分事として内包してしまうのだ。
「移住して1年なのですが、“こんなはずじゃなかった”と後悔だらけです。娘は戻っておいでというけれど、私にも意地があるし、移住に尽力してくれた幸江さんとの関係が悪くなるのも嫌なんです」
誰にもいい顔をして、世間体を取り繕っているうちに、自分がないことに気付く人は多い。環境は人間を作っていき、人間はそこに内包されてしまう。ふと自分を見ると、苦しい状況から抜けられないまま、後悔の中で一生を終えるか、はたまた抜け出すか……。女友達との関係は踏み入ったら最後、抜け出せない沼に似ているのかもしれない。
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)、『週刊朝日』(朝日新聞出版)などに寄稿している。