「人の言葉は重要だ」「人の話を聞かなければならない」という認識が、暗黙のうちに強く植え付けれられていることがあります。しかし、そう思いすぎることで、真面目な人、気持ちの優しい人ほど、人の言葉に振り回されてしまい、生きづらさを抱えてしまいます。

そこで、心理カウンセラーのみき いちたろう先生の著書『プロカウンセラーが教える 他人の言葉をスルーする技術』から、他人の言葉をスルーし、言葉に振り回されない方法をご紹介します。

文/みき いちたろう

本音、本心とは何か

人から発せられる言葉はまともなのか? そして、なにをもってその人の、「本音、本心」とするのかは難しい問題であることがわかります。

たとえば、「夜中にラーメンが食べたい」と思ったとして、これは本音でしょうか? ダイエットの方法のひとつに、本当に食べたいかを内省したり、腑に落ちるかを確認するという方法があります。

それによれば、夜中のラーメンなどは本当に食べたいのではなく、脳の癖であったり、TVでラーメンを食べているのをたまたま見たといった外部からの影響がそう思わせているだけだと言われます。では、「ラーメンが食べたい」というその人の言葉は本音、本心なのでしょうか?

近年モラハラ、パワハラが問題となっています。あなたも職場や日常生活でハラスメントの被害にあって、自分にかけられた嫌味な言葉が頭から離れないという経験があるかもしれません。

ハラスメントを行う人たちの言葉は果たして信頼に値するものでしょうか? あれは本音でしょうか? 
「もちろん、性悪なところが白日の下に晒されたもので本音に決まっている」と感じるかもしれません。

しかし、たとえばいじめは連鎖するということが言われているように、ほとんどの場合、加害者もそれ以前になんらかの不全感を負わされていて、それを癒やすためにいじめに及んでいると言われています。それは家庭での不和であったり、兄弟にいじめられていたり、別の場所で受けたいじめであったり……。

不全感を発散するために他人を巻き込んで暴言を吐いている。その暴言はどこからきたかと言えば、その人の「外部」からです。それを加害者は内面化して、他人をいじめることで癒やそうとしている。だからといって、その行為は許されるものではありませんが、構造としてはそうした連鎖の中で起きているのです。

人間はクラウド的な存在です。外的なものを内面化して、内面化したものを言葉として発しています。客観的に見れば、それが本音、本心とは言えません。

スマホに映った画像やデータが「スマホのものだ」とは言えないのと同様です。データはクラウド上にあります。アプリを切り替えた瞬間、電源を切った瞬間に映っているデータはなくなってしまいます。

社会心理学者の小坂井敏晶氏はそうした人間のありかたを「外来要素の沈殿物」と表現しています(『責任という虚構』筑摩書房)。

不安定な状態で発せられた言葉でも、それが隠れた本音、本心であれば、やはりそれを受け止めなければならないのではないかと思うかもしれません。しかし、結局、発せられる暴言も、ストレスが内面化されて沈殿したものが表に出てきたのだとすれば、それを指して本音、本心とは、とても言えません。

こうしてみると、人間の発する言葉は、ますますまともに受け取る価値のないものであることが見えてきます。

昔、居酒屋のトイレに、「親父の小言」というのが貼ってあって、「子のいうことは八九きくな」という文句がありましたが、結局、大人もたいして変わらないということです。「大人のいうことも、八九きくな」と追加しても良さそうです。

人格者も例外ではない

人間は不安定になりやすいというのは、人望のある人、穏やかな人、社交的な人も例外ではありません。こうした人たちも、「公的領域が乱れると不安定になる」というメカニズムから自由ではありません。しかも、社会的に活躍しているのに、実は心に不全感を抱えているといったケースもめずらしくありません。

ただ、私たちは、「あの人は人格者だ」「人気者だ」と思っているために、そうした人から失礼なことを言われたり、気になることを言われたらスルーすることができなくなります。

「人望のある人が言うことだから、なにか意味があるに違いない」「私に問題があるに違いない」と思って、言われた側はずっと引きずってしまうのです。

あの神様もおかしくなった?

2021年に亡くなった漫画家のさいとう・たかを氏は、『ゴルゴ13』や『鬼平犯科帳』(リイド社)などの作品で知られ、劇画マンガの開拓者とされます。

それまでの漫画というのはディズニーのような子ども向けのかわいい絵柄でしたが、リアルで生々しいタッチの絵を見いだし、確立していったのです。今では、劇画といった区分も必要ではなくなるほど、リアルな漫画は当たり前のものとなっています。

そのさいとうさんは、劇画が一世を風靡した際に、あの“漫画の神様”手塚治虫から、こんな子どもらしくない漫画はいけないと酷評されたそうです。私たちが、もし漫画の神様にそんなことを言われたらどうでしょうか?

「漫画の神様、巨匠である手塚先生のほうが正しいのでは?」と思うのが普通ではないでしょうか? スルーすることができず気にしたり反省したりしてしまいそうです。しかし、さいとうさんはその言葉を発奮材料として劇画の開拓にまい進していったそうです。

では、手塚治虫の言葉は拝聴に値するものだったのでしょうか? 実は、手塚治虫の言葉は安定した理性から発せられたものではありませんでした。

手塚治虫はとても競争心や嫉妬心が強い方だったようで、同じように同業者をこき下ろすようなことを言ってはしばしばトラブルを引き起こしていたのです。今でいうと炎上という感じです。

同世代のライバルであった福井英一や後輩である石ノ森章太郎に対しても同じようなこき下ろしをしてもめごとになっています。福井英一からはそのことを追求されて、手塚は「嫉妬のためだった」と自ら非を認めたりもしています。

“漫画の神様”手塚治虫でも、同業や後輩からの追い上げ、劇画ブームの中で自分が時代から取り残される恐怖といった強いストレスの中では基盤が揺らぎ、公的領域は乱れ、嫉妬で不安定になってしまったのです。とても人間臭い感情からの言葉であったのです。

* * *

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みき いちたろう
心理カウンセラー、公認心理師。大阪生まれ。大阪大学文学部卒、大阪大学大学院文学研究科修士課程修了。在学時よりカウンセリングに携わる。大学院修了後、大手電機メーカー、応用社会心理学研究所、大阪心理教育センターを経て、ブリーフセラピー・カウンセリング・センター(B.C.C.)を設立。トラウマ、愛着障害などのケアを専門にカウンセリングを提供している。

 

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