話はウソだらけ、不倫のアリバイに利用される
それから、敏恵さんは由美さんの仕事を積極的に引き受けるようになる。
「重いものを運ぶとか、立ちっぱなしの作業になることとか。それまでの1.5倍くらい働くようになって、体が疲れてきてしまい、シフトを減らしてもらおうとしたんですが、人手不足で“来てください”と頼まれる。お子さんがいる人は、コロナで学級閉鎖になってしまい、預け先がなくて仕事に来られないとか、土日がダメだとかいろいろあって、私が必要とされていることがわかったんです」
水~日曜日はフルで働き、月火が休み。由美さんの分まで仕事をしているので、体はボロボロになった。
「私は丈夫なタチなのに、あるときから手の爪の根元が腫れて、ぼこぼこの爪になってしまったんです。子育てが最もきつい時期にかかってしまった爪を作る爪母という部分が細菌に感染してしまう病気の再発でした。病院に行くと、ストレスと疲労が原因のひとつだと言われたんです」
周りに味方はいない。転職も考えたが、すでに由美さんはプライベートにも入り込んできている。また、職場で頼りにされており、仕事も慣れてきて時給も上がったので、転職はしたくない。
「ご主人のDVが激しいからとウチに泊まりに来た時も迎えてあげました。不倫している社員さんと会う時も、私と会っていることにしてもいいといってあげましたし。由美さんはかわいそうな人なので、私が助けてあげないと、と思っていたんです」
あるとき、熟練のパートスタッフ(70歳)が、「あなた、由美にいいように使われていない?」と声をかけてきた。
「その人は、由美さんを完全に無視している人のひとりで、私に対しても完全に壁を作っていた」
そしてその女性は「由美から主人に殴られているとか、娘が死んだとか言われたでしょ。あれみんなウソだから」と言った。そして「あなたは人がいいから付け込まれているの。私はそういう人を何人も見てきた」と。
「信じられなかったのですが、冷静に考えてみると、話には矛盾が多かった。でも繰り返し話されるから信じてしまったんです。その女性は“由美はまだマシ。ネットワークビジネスの勧誘をして辞めさせられた人もいるから。あなたも人を疑った方がいいよ”と」
敏恵さんはこの30年間、ママ友や趣味の友達、学生時代の友人など“身元がはっきりしている人”とばかり付き合ってきた。だから、有象無象の人間関係に、免疫がなく飲み込まれてしまったのだ。
「距離を置こうにも一度できてしまった関係を崩すことは難しい。頭ではわかっているのに、目の前に由美さんがいると、言うことを聞いてしまう。どうすればいいか悩んでいます」
男女問わず、人を支配することに無上の喜びを感じるタイプの人はいる。彼らは底知れぬ魅力があるので、近づくと引き込まれてしまう。
彼らには、基本的に悪意がない。欲求があるだけなのだと感じる。そこからどう距離を置くか。コロナ禍で人間同士の生々しい関係から遠のいた人は多い。人を見る目というのは、人付き合いの中で失敗し、恥をかきながら鍛えるようなところがある。この2年間で、人を見る目が衰えた人は多いと感じる。
今、世界各国では規制が撤廃されたとニュースが入っている。日本がまた元の世界に戻った時に、敏恵さんのように、トラブルともいえないトラブルに苦しむ人が増えるのではないだろうか。アフターコロナに向けて、備えるべきことは多いが、そのひとつは「人を見る目」ではないだろうか。
取材・文/沢木文
1976年東京都足立区生まれ。大学在学中よりファッション雑誌の編集に携わる。恋愛、結婚、出産などをテーマとした記事を担当。著書に『貧困女子のリアル』 『不倫女子のリアル』(ともに小学館新書)がある。連載に、 教育雑誌『みんなの教育技術』(小学館)、Webサイト『現代ビジネス』(講談社)、『Domani.jp』(小学館)などがある。『女性セブン』(小学館)、『週刊朝日』(朝日新聞出版)などに寄稿している。