日本の児童精神科医学のパイオニア・佐々木正美先生。半世紀以上にわたり、子どもの育ちを見続けながら子育て中の親たちに寄り添ってきた先生の著作や言葉には、子育てだけでなく人生を幸せに生きるための道標がたくさん残されています。この連載では、その珠玉のメッセージを厳選してお届けします。
構成・文/山津京子
思春期のいらだちは順調に育っている証です。思春期のお孫さんの変わりように戸惑わないでください
今回は、子どもが育つなかで、思春期とはどういうものなのかということをお話しようと思います。
小さいころは甘えて、親にべったりだった子どもが、中学生ぐらいになって第二次成長期に入ると、無口になって家族と口をきかなくなったり、ちょっとしたことでいらだち、乱暴な言葉を言い放ったりして、その荒れた変わりように不安になる親が多いものです。
子育てを経験した祖父母世代なら、その時期の子どもがどんなふうだったのか、そして、そうした子どもと接する親の気持ちもよくわかるのではないでしょうか。
けれども、そうした行動をするのは、子どもが正常に成長し、無事思春期に入った証拠で、心配する必要はありません。
むしろ、その荒れようを子どもの周囲にいる親や祖父母は、喜ぶくらいの気持ちで見守ってほしいと私は思います。
思春期は自分についてのさまざまなことに思い悩む季節です
思春期に入ると、子どもは自分が将来どんな人間になりたいのか悩むと同時に、どういう人間になれるのかということに思い悩みます。
そのため、この期間の子どもは高望みをして、誰もが背伸びをしたり、多少無理をして自分の個性を追求しようとしたりして、葛藤の日々を過ごします。
そうして少しずつですが、自分の理想と現実の自分というものを比べ、いい意味で折り合いをつけていき、最終的に自己を確立していくのです。
「自分はどんな個性をもった人間だろうか」
「どんな特徴や能力があるのだろうか」
そんなふうに自身のことを見つめて、「自分は将来どんな社会的役割を負うことができるのか」「どんな職業選択が可能なのか」ということも考えるのです。
そして、ときにはなりたいものになれない自分にも気づく。
だから、苦しんだり、いらだちやすかったり、親の発言に対して高圧的な態度をとったりするわけです。
しかし、こうしたとまどいを経験する中で、子どもは「自分というもの」=「アイデンティティー」を確立していくことができます。
思春期は子どもが成長していく過程で欠かせない通過点であり、ひとつの儀式ともいえる時間なんです。
アイデンティティーは、親でなく友だちとふれあいながら確立していく
では、思春期の子どもがどんなふうにアイデンティティーを確立していくかといえば、それは、自分に対して客観的な目を持つ他者という存在を通して行なわれます。
具体的には、自分と価値観を共有できる友だちとの交流によって、自己を認識していくのです。
自分と親しくしている友だちが自分の能力や個性に対してどのような評価を下してくれるのか、思春期にその反応をたくさん得ることで、自分はどんな人間なのかが少しずつわかってくるんですね。
いわば友だちというのは、客観的に自分を洞察するための鏡みたいな存在なのです。
祖父母世代の方たちも、かつての自身の思春期を思い返してみてください。
中学生から高校生にかけては仲間や親友と呼べるような友だちができて、長電話をしたり、学校で放課後ずっと話をしたりして親密な関係を持っていませんでしたか。
でも、そうした関係を重ねながら、子どもたちはお互いを認め合い、ときには困難な壁を一緒に乗り越える。そして、もしその壁を乗り越えることに失敗しても、挫折することなく、友とアイデンティティーを補強し合いながら成長していくことができるのです。
気の合う仲間とふれあうことは、いわばアイデンティティーを得るためのプロセスなのです。
いまは、中学生が部活のあとや塾帰りなどにコンビニエンスストアの前や公園などで、友だちと遅くまで話し込んでいる場面に出逢うことがありますが、あれは友だちと過ごす時間が少なくなってしまった現代の子どもたちの少しでも長くみんなといっしょにいたいというあらわれではないでしょうか。
【思春期の子どもには、意見は言わずに黙って見守ることが大切です。次ページに続きます】