恐ろしくも愛しい、亡き妻の“悪口ノート”

久美子さんの一周忌が終わり、遺品整理をすることになったとき、横井さんはなかなか腰が上がらなかった。どうしても妻の持ち物を処分する気持ちになれなかったからだ。
「とりあえず形見分けということで息子と娘夫婦を呼んだんですけど、女房が愛用していた腕時計とショルダーバッグを娘が引き取ったくらいです。いまだにまったくといっていいほど整理できていません。結局、三回忌にもう少し片づけよう、ってことになりました」

久美子さんが使用していた会社のデスクも、1年間放置したままだった。幸い、会社自体は生前に息子に継承したため、帳簿など重要書類の引き継ぎ等は済んでいた。あとはデスクの中に残された小物の中身を精査し、まとめて処分するしかない。

引き出しの中には、事務用品のほかに、使い道のなさそうな大量の未使用フロッピーディスク、新聞の切り抜き記事のファイル、顧客からもらった手紙など、久美子さんが個人的に大切にしていたものが几帳面に整理されて並んでいた。亡き妻の思い入れある仕事道具を処分するのは心苦しいが、どれも「えいや!」と捨てられそうな物ばかりだ。

しかし、青いお菓子の缶の蓋を開けたとき、横井さんは戸惑った。そこにはよくあるB5サイズのノートが収められており、表紙に小さな字で“悪口ノート”と書かれていたからだ。

「間違いなく女房の字です。何の目的なのかわからないけど、“悪口ノート”ってあまりにストレートでしょう? なんだこりゃあ、見たくないもの見つけちゃったなぁというドキドキ感というか……イヤ~な予感がしたんですけど、中を見ちゃったんです。うん、もう、汗タラタラですよ。だって、最初の悪口の内容が、僕への不満だったんですから。今思い出しても心臓がキューンとします」

~その2~に続きます。】

取材・文/大津恭子
出版社勤務を経て、フリーエディター&ライターに。健康・医療に関する記事をメインに、ライフスタイルに関する企画の編集・執筆を多く手がける。著書『オランダ式簡素で豊かな生活の極意』ほか。

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