文/印南敦史

2018年に刊行された『心に折り合いをつけて うまいことやる習慣』(中村恒子 著、奥田弘美 聞き書き、すばる舎)は、89歳(当時)の精神科医のことばを聞き書きの形でまとめた書籍。

人生経験に裏付けされたスタンスが印象的だったが、今回ご紹介する『不安と折り合いをつけて うまいこと老いる生き方』(中村恒子、奥田弘美 著、すばる舎)は、その続編である。

前作と違うのは、92歳になった著者と、同じく精神科医であり、前著では聞き書き役を務めた奥田弘美氏との対談形式になっている点。このことについて奥田氏は、次のように記している。

思えば、恒子先生の老い方は「生涯現役」と呼ばれる、理想的なモデルの一つです。また現在は、このような老い方以外にも、たくさんの歳のとり方を選べる、豊かな時代でもあります。
歳のとり方を選べるということは、それに関する様々な情報や、他人からの多種多様な意見が入り乱れて飛び交うことでもあります。結果、人生の後半戦に対する心配や不安が、新たに生まれているのではないでしょうか?
そこで、恒子先生とともに、「どうしたら、心安らかに、うまいこと老いる生き方ができるのか?」について話し合ってみたいと思い立ちました。(本書「はじめに(奥田弘美より)」より)

主役の中村氏も、人生の後半である老後には、現役時代とは違った悩みと心身の変化が襲ってくるものだと認めている。

そこで、世代の異なる精神科医のコンビで、「老後の心身の不安と折り合いをつけて、うまいこと老いる」をテーマに対談することになったというわけだ。

ところで多くの方は、老いることに多少の恐怖感を抱いているのではないだろうか? あるいはそこまでいかなくとも、なんらかの不安を感じているかもしれない。しかし、それは自然なことだという気もする。

一方、中村氏は「不安や恐怖はほとんどなかった気がする」と振り返っている。逆に、なぜそんなに不安なのだろうかと不思議に思うくらいだというのだ。

中村:老いるってことは、当たり前で、自然なことなんやけどなあ。私なんか、全く気にせんと、毎日がむしゃらに働いて、子育てして……気がついたら孫もできて、90歳を越えていたって感じよ。鏡を見たら、シワシワでクチャクチャした顔が映ってるけど、これで普通やと思うから、ぜんぜん悲しくないけどなぁ。(本書24ページより)

この軽妙さこそが、中村さんの魅力だ。ちょうどいい具合に肩の力が抜けており、気負いのようなものがないのだ。

中村:老人になると役割だけじゃなく、自分を縛ってきた「欲」からも、どんどん開放されるよ。面白いもので、ええ塩梅に気力や体力が落ちてくるから、あれしたい、これしたいって気持ちがだんだん少なくなっていくんやな。仕事でも私生活でも、脇役・黒子でけっこう、そっちの方が楽やし!  ってな感じになってくる。(本書38ページより)

54歳の奥田氏もこの発言を受け、「たしかに50歳を過ぎたあたりから、物欲も穏やかに減ってくるものだ」と述べている。仕事で自己実現しなきゃ、とか、人生を充実させなきゃ、といった感覚も、どんどん薄まってくるとも。

この点に共感する方は、決して少なくないはずだ。私も常々、若いころの自分を縛りつけていた“自己実現感”が少しずつ、しかし確実に減りつつあることを日々感じている。

ところが中村氏は、自己実現感というもの自体がピンとこないようだ。

中村:私ら戦争を体験した世代からすると、そもそも「何かを通じて自己を実現する」っていう感覚がないから、気持ちがわからへんけどね。
仕事は生活していくため、食べていくためにするもんやと思って、私自身はやってきたから。好き嫌いと関係なく、むちゃくちゃ苦しい仕事じゃなければ、お給料がもらえて人並みの生活ができていたらそれでええわって。(本書39ページより)

「きっと、私の世代くらいから、仕事はお金を稼ぐためだけじゃなくて、自分を活かすため、輝かせるためにするものだっていう刷り込みがされてきたんですよ」と、奥田氏は答えているが、この点についてもサライ世代は共感できるのではないだろうか?

考えようによっては、若いころから将来のキャリアプランをイメージさせられているからこそ、社会に出て仕事が理想と違っていたりした場合、悩んだり不安になったり、うつになってしまったりするわけだ。

だが、考えてみればそれはおかしな話である。本来であれば、家族の食い扶持を稼ぐことだけで充分で、自分に余裕があるときだけ自己実現的なことができればいいのだから。

中村:私は何人も患者さんを看取ってきたけれども、死ぬときは地位も名誉も関係なしや。あの世には何も持って行かれへん。どんな活躍してきたか、どう生きてきたかに関係なく、人間いつか必ず死ぬの。
せやったら眉間にシワ寄せて、仕事で自己実現しないとあかんとか、人生を充実させないとか考え過ぎずに、目の前の仕事をたんたんとこなしながら気楽に生きていったらええと私は思うけどなぁ。(本書41〜42ページより)

おっしゃるとおりである。人生の終着点が見え始めるとつい焦ってしまいがちだが、92歳の立場に基づくこの考え方を、ぜひとも参考にしたいところだ。

『不安と折り合いをつけて うまいこと老いる生き方』
中村恒子、奥田弘美 著
すばる舎

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文/印南敦史 作家、書評家、編集者。株式会社アンビエンス代表取締役。1962年東京生まれ。音楽雑誌の編集長を経て独立。複数のウェブ媒体で書評欄を担当。著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)などがある。新刊は『書評の仕事』 (ワニブックスPLUS新書)。2020年6月、「日本一ネット」から「書評執筆数日本一」と認定される。

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